佐々木麻友と夫の卓也は、味気ない単調な毎日を送っていた。

「たっくん、今夜はアジフライでいい?」
「ん」
「帰りは何時頃?」

 卓也から麻友への返事はない。ふう、と小さく溜息を洩らすと麻友は慣れた様子で質問のしかたを変える。知りたいのは帰宅時間ではないのだ。

「飲みに行ったりはしない?」
「ん」
「じゃあ、遅くなるようなら連絡してね」
「ん」

 麻友が高校生の時にバイト先の社員だった卓也と付き合いだし、高校卒業とほぼ同時に二人は結婚した。一人息子が小さい頃はこんなではなかった。けれどこのところは二人の会話は同じような事の繰り返し。中学に上がった息子が部活漬けで早朝からいないものだから、特に朝の空気が重たい。卓也はたいてい麻友の問いに同じような短い言葉で答えるのみで、家電のほうがおしゃべりだよね、と麻友が呟く。その声はスマホのソシャゲに夢中な卓也の耳にはおそらく届いていないだろう。

 ある日の買い物帰り。麻友は、いつものようにエントランスのポストから取り出した郵便物の薄い束をエレベーターの中で何気なく眺めていた。

 ――ん?
 エレベーターを降りる直前、郵便物を繰る麻友の手が止まる。見慣れない差出人からのハガキだった。

「ご当選のお知らせ? ああ、そういえば」

 麻友は単調な毎日の中に舞い込んだその幸運を胸に当て、跳ねるような足取りで自宅に急いだ。