蓮が、いつもでは有り得ない位頼りない声で言う。

「無理、今すぐ雪香を連れて帰って!」

 考える事なく私が即答すると、雪香が蓮の隣に進み出た。
 私の怒りに気付いているからか、それ以上は近付いて来ない。アパートの頼りない灯りでは顔がよく見えなかった。

「沙雪」

 ヒステリックな私の声とは違う、艶やかな声がした。

「雪香……よく顔を出せたね」

 攻撃的な私の態度に、雪香が動揺したのが見て取れた。同時に非難の籠った蓮の声がする。

「沙雪!」

 やっと戻って来た雪香を心配もせずに怒りだけをぶつける私が、不快なんだろう。
 雪香は文句を言い出しそうな蓮を宥め、再び私に話しかける。

「沙雪が怒ってるのは分かってる。でもどうしても聞いて欲しいことが有るの」
「何も聞きたくないから帰って。はっきり言うけど迷惑かけられ過ぎてうんざりしてるの。これ以上私を巻き込まないで」

 冷たく言い放ち立ち去ろうとした私を、雪香が手を伸ばして止める。

「待って! 沙雪……私謝りたいの。たくさん迷惑かけてしまったし、直樹のことも」
「……直樹?……今更」

 私は薄く笑い、冷めた目で雪香を見た。
 今更何を言い出すのか。これまで一度も謝罪しなかったくせに。
 それに雪香から直樹に近付いたのも、私を嫌っていたのも知っている。しおらしくされても、一切信用出来ない。

「確かに今更だけど……私知らなかったの。直樹の件で沙雪が深く傷ついていたなんて。だって沙雪は少しも態度に出さなかったから」

 苦しそうな雪香の言葉が耳に届いた瞬間、私は怒りで苦しくなった。
 蓮が雪香に、私の心情を話したんだと気付いたから。それはとても屈辱的なことだった。
 よりによって雪香に知られてしまうなんて。
 蓮の無神経さが信じられない。少しずつ積み重ねていた蓮への信頼が、あっけなく崩れ去って行く。

 私はどうして蓮を信用してしまったのだろう。初めから、雪香を最優先する人だと知っていたはずなのに……。
 心が冷え切っていくのを感じながら、二人を見据えた。

「今日を最後に、二度と私に関わらないと約束するなら話を聞く。偶然会っても声をかけないと約束して……雪香も蓮も二人とも」
「お前、何言ってるんだ?!」

 蓮が驚いたように声を荒げる。
 雪香は消え入りそうな声で同意した。

「……約束する」

 私は蓮と雪香を部屋に招いた。