「それは家族の誰にも分からない。だからこそ混乱している」
「そう……秋穂さんは大丈夫なの?」

 秋穂は精神的に脆そうだったし、かなりのダメージを受けているだろうと想像出来た。
 私の言葉に、ミドリは少し動揺したように身体を揺らした。

「……離婚する事になりそうだ」
「えっ?! 嘘でしょう?」

 あれほど夫に執着しているように見えた秋穂が、事情も聞かないで離婚を決めるなんて。

「嘘じゃない……子供を連れて実家に帰る準備をしている」
「話し合いもしない内に? まだ見つかってすらいないじゃない」
「本格的に警察が動き出したら逃げられない。兄は捕まるよ……そして犯罪者になる、子供の将来を思えば離婚しかないんだ」

 ミドリの言葉に、私は何も言えなくなった。
 確かに現実的に考えれば、秋穂の行動は正しいのかもしれない。
 あの依存心が強く頼りなく見えた秋穂も、母親だったのだと実感した。

「とにかくそういう訳で、兄は近い内に見つかると思う」

 しばらくの沈黙の後、ミドリが淡々と告げる。私は言葉なく頷いた。
 ミドリからもたらされた情報は衝撃的で、なかなか平常心に戻れなかった。
 それでも上手く回らない頭で、なんとか今後について考える。
 ミドリから聞くべきことは、他に無いだろうか。

「……そうだ。この話は雪香の家に伝えたの?」

 母は、雪香の行方を熱心に探していた。戻ると知ったらどれだけ喜ぶだろう。
 親しくない母でも、悩み弱っている姿は見たくない。もしミドリがまだ連絡していないのなら、早く教えてあげたい。

「雪香の実家には連絡していない」
「それなら、なるべく早く伝えてあげて」
「悪いけど、それは出来ない」
「どうして?!」

 私は眉をひそめた。出来ない理由が分からない。
 言い辛いとは思うけど、黙っていて良い話ではない。

「雪香が戻る確証が無い。状況から兄と一緒に居ると考えているだけで、誰も見た訳じゃ無いんだ。雪香が一緒に居なかった場合を考えると軽々しく伝えられない」

 確かにミドリの言うとおりだけど、納得がいかなかった。
 母や、雪香を心配している人達は、ほんの僅かな手がかりだって欲しいはずだ。
 ただでさえ、今まで隠してしまっていることが多い。これ以上、雪香の件を一人で抱え込むのは嫌だ。
 
 浮かない表情をする私に気付いたのか、ミドリは譲歩するように言った。