「もう二度と私の前に現れないで。当然家にも来ないで」

 苛立ちをぶつけるように言うと、私はその場から立ち去った。
 
 振り返らずに、アパートへの道を勢いよく進む。
 秋穂には同情するところは有る。信じていた夫に、酷い裏切られ方をされたんだから。
 だからといって秋穂のした事は許せない。辛いからって何をしてもいいはずが無い。
 私だって直樹に裏切られて、心が粉々になってしまったけれど、一人で耐えた。

 秋穂は私に比べたら、ずっと恵まれている。
 秋穂も雪香も、二人とも想いが叶わなかったのかもしれないけれど、それでも想ってくれる人がいる。
 近くに助けてくれる人が居る。二人は誰もいない私と違い守られる存在だ。

 考えると果てしなく気持ちが、沈んで行く。
 暗い気持ちでアパートの階段を上ろうとしたとき、建物の影から若い男が現れて私を呼び止めた。

「倉橋沙雪」
「……誰?」

 突然現れた見覚えの無い男に、私は警戒しながら問いかけた。
 言動から好意的な相手ではなさそうだ。今はミドリ達との事で気持ちが弱っていると言うのに、どうして次から次へと問題が起こるのだう。

「お前、倉橋沙雪だろ?」

 男は聞かなくても知っているように見えた。

「そうだけど、そっちは?」

 男は僅かに眉を上げた。

「海藤武、知ってるだろう?」
「私、あなたとは初めて会うんだけど」
「あんたとはな、けど俺は倉橋沙雪って名乗っていた女と付き合ってたんだ。無関係じゃないだろ?」

 ……この人、雪香が付き合ってた人?

『雪香は結構危ない連中とも付き合ってた』

 ミドリの言葉が思い浮かんだ。

「香川雪香はどこにいる?」

 海藤は、雪香が偽名を使っていたと分かっているようだ。

「雪香は今、行方不明です」

 危険な相手なら余計な発言をして刺激しない方がいい。短く返事をすると、海藤は不快そうに顔をしかめた。

「それじゃ困る、雪香とすぐに話がしたい。探し出してくれ」
「え……探せって言われても……」

 私は戸惑い、口籠もった。

「あんた雪香と双子なんだろ? 行き先に心当たり有るんじゃないのか?」
「双子って言っても、私と雪香はそれ程仲良く無かったから」
「それじゃ困るんだよな! なんとしても雪香を探せよ! こっちは雪香に金を貸してんだよ」

 海藤の迫力に、私は怯み一歩後ずさった。

「そんな事、私に言われても」
「雪香を探し出すか、あんたが変わりに返してくれよ」