気温はかなり下がっているはずだけれど、怒りの為か寒さは気にならなかった。
 沢山の車が行き交う光景に目を遣りながら、足早に進む。
 
 鷺森蓮の態度には、本当にイライラさせられる。
 強引に、私の都合など構わず生活に入り込んで来たのに、自分については隠して語らない。

 なんて勝手なんだろう。
 蓮にいいように使われているようで、腹が立つ。ここ最近、蓮に気を許してしまっていた自分も許せなかった。

 怒りまかせにどんどん進んで来たけれど、降りた場所が悪かったのか、駅迄はまだ大分有りそうだった。
 変な場所で停車した鷺森蓮に対して、新たな怒りが湧いて来る。

 しかも前方には歩道橋。左右を見渡しても、近くに渡れそうな信号は無く、これを渡らないと先に進めない。
 本当についてない。突き落とされて以来、怖くて避けて来ていたのに。
 それでも仕方なく階段を登る事にした。いつまでも、ビクビクして避けてはいられない。気持ちを奮い立たせるように、力を込めて足を踏み出した。


 見慣れたアパートが視界に入ると、肩の力が抜けた。
 強気でいても、今の状態で夜道に一人は怖かった。でもここまで来れば安心だ。
 郵便受けの中身を取り出していると思いがけなく声をかけられた。

「今、帰りですか?」

 声のした背後を振り返ると、隣の住人三神孝史さんがにこやかな笑顔を浮かべ佇んでいた。
 彼も会社帰りなのかスーツ姿で、黒のビジネスバッグを手にしている。

「あっ、こんばんは……今日は少し寄り道をして……」

 突然話しかけられたからか、つい余計なことまで言ってしまった。
 彼はそうなんですかと微笑み、自分も郵便受けから手紙を取り出した。

 なんとなく一緒にアパートの階段を上り、部屋に向う。
 階段に近いのは三神さんの部屋。別れの挨拶をして立ち去ろうとすると、呼び止められた。

「待って。倉橋沙雪さん?」

 少し戸惑ったような声だった。だけど私は動揺した。
 今……沙雪って言ったよね?
 郵便受けにも、フルネームは載せていないのに。
 警戒する私に、三神さんが白い封筒を差出して来た。

「これ、うちのポストに入ってたんだけど……」
「え?」

 封筒には倉橋沙雪と書かれていた。これは……ミドリからの警告の手紙だ。
 でも、どうして? もう警告する必要はないのに。

「倉橋さん?」

 呆然とする私に、三神さんは気遣うように声をかけて来た。