車が走り出しても蓮の機嫌は悪いままだった。

「さっきの女性……黒須凛子さんって、鷺森さんの彼女なんでしょ?」

 蓮は前を向いたまま、返事もしない。私は気にせずに話を続けた。

「彼女と雪香が揉めてたそうだけど、知ってた?」
「は? なんで揉めてたんだよ?」

 今度は反応があった。

「鷺森さんを取り合って揉めてたんでしょ? 彼女は雪香にリーベルに出入りするなって言ってたみたいよ。そんな状況なのに本当に気付かなかったの?」

 蓮は車を路肩に止めて私に顔を向けて来た。

「そんな話、雪香から聞いてない……本当なのか?」

 低い声を出す蓮から、静かな怒りを感じた。

「凛子がそう言ったのか?」

 今、蓮の怒りは凛子に向かっている。

「おい、答えろよ」

 苛立つ声。少し悩んだ結果、今更黙っても仕方ないと割り切り、遠慮無く発言すると決めた。

「彼女は雪香にかなりキツいことを言っていたみたいよ」
「……いつからだ」

 蓮は険しい表情で、独り言のようにボソッと言った。

「さあ、最初からじゃないの? 彼女は気が強そうだし」
「あいつ!」

 蓮は苛立ち歯ぎしりした。
 でも私は、凛子に対する怒りを露わにする蓮の態度に、違和感を持った。

「どうして、彼女ばかりを怒るの?」
「あいつは雪香を攻撃してたんだ! 怒るに決まってるだろ」
「私は黒須凛子の行動が理解出来る。自分の恋人が他の女に構ってばかりだったら誰だって嫌になるし、相手の女を遠ざけたいのなんて当然の気持ちだと思うから。怒りたいのは彼女の方。それなのに逆ギレするなんて考え方おかしいんじゃないの?」

 不快感を隠さずにそう言うと、蓮は言葉に詰まったように黙りながらも、鋭い目で私を見た。
 迫力有る視線が突き刺さるけど、怯まず話を続ける。

「鷺森さんは、彼女より雪香を大切にしてるように見える。それなのに恋人にはしないで別の人と付き合い、でも雪香を側に置いていた……何考えてるわけ?」

 責めるような口調で言うと、蓮は脅すような低い声で答えた。

「お前には関係無い。余計な口出しするな」

 その態度に、私の怒りはこれ迄に無い程高まった。

「私の事情には遠慮無く首突っ込んで来たくせに、何なのその態度。最初に会った時も思ったけど、やっぱり最低。二度と顔を見たくない!」

 今までの怒りを全てぶつけ、私は蓮の車から飛び出した。すっかり暗くなった国道沿いをひたすら歩き、駅を目指す。