紙を持つ手がぶるぶる震える。どうして……誰が、こんな真似を。

 ただのイタズラだろうか。一瞬浮かんだ考えを、私はすぐに打ち消した。

『戻っても決して許されない』

 雪香が最後に言っていた言葉を思い出したから。この恐ろしい手紙には、きっと雪香が関わっているんだ。

 許さない、許されない。

 一体、誰と何が有ったのか。雪香の身に何が起きたのか。そして、何故私が巻き込まれるのか。もう訳が分からなかった。

 時間の経過と共に、気分が大分落ち着いて来た。
 冷静に考えようと、もう一度封筒と中に入っていた紙を念入りに見る。
 それでも、手掛かりは見つからなくて気分は果てなく沈んで行く。

 最悪なのは、直接ポストに入れられたということ。住所を知られている事実に、恐怖を感じた。
 このアパートは直樹と別れた後に越して来たから、私がここに住んでいると知っている人は少ない。それなのに送り主はどうやって、私の住所を知ったのか。

 居心地の良かった自分の部屋が、急に落ち着かない、安心出来ない場所になってしまった。
 静かさを気に入っていたけれど、今は心細い。そういえば……。

 私は、ベッドを設置してある方の壁に目を向けた。最近、隣の住人の気配を全く感じないけど、どうしたのだろう。

 このアパートは二階建てで、各階に三部屋ある。
 私の部屋は二階。外付けの階段を登って一番奥だ。
 階段を上がって直ぐの部屋は空き部屋。真ん中の部屋の住人は私と同年代の女性で、一人暮らしだけれど、恋人が頻繁に出入りしていた。

 よく喧嘩をしているような、大きな物音や悲鳴のような叫び声も聞こえて来て、正直迷惑に思っていた。
 一度、階下の女性からクレームを入れようと話を持ち掛けられたけれど、トラブルになるのが嫌で、断ってしまったっけ。

 あれから3ヶ月近く経ち、いつの間にか静かになっていた。
 もしかして、気付かない内に引越しをしたのかな? 今の状況で、二階の住人が私だけだとしたら怖い。
 かと言って、頼れる人は誰もいない。

 私は重いため息を吐くと、忌々しい呪いの手紙を引き出しにしまった。
 捨ててしまいたいけれど、何か有った時の為にとっておいた方がいい。

 玄関と全ての窓の戸締まりの再確認をした。終わるとノートパソコンの電源を入れ、インターネットで、アパート用の防犯グッズを検索する。
 明日、仕事帰りに買いに行こう。足の病院も行った方が良さそうだ。

 面倒ばかりが増えていく。憂鬱な気持ちのまま眠りについた。