「心当たりは全て連絡したが、雪香はどこにもいなかった。これから警察に連絡するが、当然結婚式は延期になった」

 私は、義父の隣で青ざめている正装姿の若い男を見遣った。
 憔悴した様子で、膝の上で握り締めた手が震えている。

 無理もない。結婚式当日に花嫁に逃げられたのだ。受けた屈辱は相当なものだろう。
 けれど、少しも可哀想だとは思わなかった。
 雪香を選んだのは彼自身。
 自業自得だし、私はもっと大きな屈辱を受けた。

 様々な想いを込めて見つめ続けていると、視線を感じたのか花婿の目がゆっくりと動き私で止まった。
 この状況が決まりが悪いのか、それとも助けを求めているのか、複雑そうな顔をして、私から目を逸らさない。

 そんなかつての恋人を、私は冷め切った目で見つめ返した。


 今日、雪香と結婚するはずだった花婿……佐伯直樹は、半年前まで私の恋人だった。私の仕事先に出入りをしている営業マンで、少しずつ親しくなっていき、交際が始まった。
 私にとっては初めての恋人で、毎日が幸せで……。
 結婚しようと言う彼の言葉を信じて、迷わずに会社を辞めた。
 それなのに……彼は私を裏切っていた。
 私が気が付かない内に雪香と付き合いはじめ、そして結婚まで話を進めていた。

 私が知ったのは何もかも決まった後になってからだった。
 今までのことは忘れてくれという言葉と共に、彼はあっさりと私を捨て去って行った。
 雪香も、仕方がないと言うだけで、一言も謝りもしない。平然と結婚式に招待して来た。
 直樹と雪香の無神経さが許せなかった、憎くて仕方ない。
 けれど傷付いている姿を見せたくなくて、二人の前で泣き叫んだりはしなかった。それ以上惨めになりなくなかったのだ。

 私は二人の前ではふっきれたふりをして、けれど心の中では抑えきれない憎しみを募らせていった。
 

 思い返せば、幼い頃の雪香は、私の欲しいものを何でも容易く手に入れていた。
 心の内を上手く言葉に出来ない私と違って、雪香は自分の欲求をはっきりと伝える子供だった。
 だから一つしかないおもちゃや、お菓子、仲の良い友達……私の欲しかったものは、みんな雪香のものになっていた。
 最後には……母親さえも。
 両親から離婚を告げられた時、泣きながら母親について行くと言った雪香に対して、私は何も言えずに黙っていた。