それでも三神さんには伝わったようで、冷たい目はそのままに答えて来た。

「その名前、覚えが無い?」
「名前って……知らない……でも三神さんに関係有るんですよね?」

 本当に、全く覚えが無かった。

「……やっぱりね」

 三神さんは呆れた様な表情になった。
 三神さんが何を言いたいのかまるで分からない。この行動の意味も。

「思っていた通りだった。倉橋さんは他人に関心無いからね」

 冷酷な目で見下ろされて、息をのんだ。

「……あの、よく分からないので……失礼します」

 波風立てたくないと、気を使ってる余裕はもう無かった。勢いよくドアを閉めようとすると、驚く程の速度で伸びて来た腕に阻まれる。

「……!」

 このドアを開けるべきじゃ無かった。
 取り返しのつかない過ちを犯したんだと気付き、足が震えた。

「……退いて!」

 なんとかドアを閉めようとしても、びくともしない。

「会社を辞めたなら、君を気にする人はもう居ないね」

 聞こえて来た感情の無い声に、私は目を見開いた。
 確かに、今私を気にかけてくれる人は一人も居ない。
 新しい仕事が始まる、半月後迄、誰とも関わらない。空白の時間。
 その事実に気付き、大きな不安に襲われた瞬間、目の前が真っ暗になった。


 目を開くとまず、見覚えのある白い天井が映った。
 視線を下げて行くと、天井と同じ白の壁にブルーの掛け時計。
 見慣れた眺め……私は自分のベッドに横になっていた。
 体がだるくて、しばらくぼんやりとしていたけれど、三神さんが来たことを思い出し一気に意識が覚醒した。
 
 勢いよく体を起こし、当たりを見回す。
 間違いなく自分の部屋で、恐れている三神さんの姿はどこにも無かった。
 ……どういうことだろう。
 さっきの出来事が、まるで夢だったかの様な静けさだった。
 状況を把握出来ないながらも、とにかく戸締まりの確認だけはしようと思った。

 ベッドから降り、玄関に向かおうとした私は、足の違和感に気付き動きを止めた……何?

 恐々と右足に視線を下ろした瞬間、信じられない光景に息をのんだ。
 私の右足は、見たことの無い器具でベッドと繋がっていた。

「何これ……」

 なんとか外そうとしても、外し方が分からない。
 恐怖でいっぱいになり力任せに引きちぎろうとしていた私は、ドアの開く音が聞こえなかった。

「気が付いた?」

 いつの間にか、三神さんが部屋に入って来ていた。