蓮から引っ越しをすると聞き来たのかもしれない。理由は分からないけど、雪香は私と話したがっていた。
 そろそろと音を立てずに玄関に行き、ドアスコープから外の様子を確認する。
 人の気配は有るものの、死角に立っているのか見えなかった。

「……どちら様ですか?」

 中に居るのは灯りでばれているだろうから、居留守は使えない。
 仕方なくドアを開けないまま声をかけると、直ぐに返事が返って来た。

「遅くにすみません、三神です」
「え……」

 まさか三神さんだとは思いもしなかった。一体、何の用で……。

「あの……何か有りましたか?」

 ドア越しに問いかけると、三神さんがドアスコープの前に移動して来るのが見えた。
 三神さんは、今日も私服姿だった。

「倉橋さんの手紙が紛れていたから届けに来ました」

 言葉通り、三神さんは手に何通かの手紙を持っていた。

「……わざわざすみません」

 私のポストに入れておいてくれたら良かったのに……。
 そう思ったけれど、わざわざ届けてくれた物を受け取らないわけにはいかない。

 気は進まなかったけれど、仕方なくロックを外しドアを開ける。

「こんばんは……あれ、もう休むところだった?」

 部屋着姿の私を見て、三神さんが言った。

「……いえ、手紙ありがとうございました」

 短く答えて手を伸ばす。けれど、三神さんは直ぐに手紙を渡してくれなかった。

「三神さん?」
「……倉橋さんは昨日送別会だって言ってたよね?」
「そうですけど」

 余計な世間話などしたく無かったから、つい素っ気ない返事になってしまう。

「これからどうするの?」
「……まだはっきりと決めて無いんです」

 探られているようで不快だったけれど、引っ越す迄は揉めたくない。
質問に答えると三神さんはゆっくりと頷きながら、手にしていた手紙を差し出して来た。

「すみません」

 私は白い封筒を受け取った。
 素早く差出人を確認すると、三神早妃と書いてあった。知らない名前、でも三神って……。

 私は眉をひそめながら、封筒を裏返した。

 宛名は、三神孝史。心臓がドキンと大きく跳ねた。
 強い不安に襲われながら封筒から、目の前に立つ三神さんに視線を移す。
 その瞬間、冷たく暗い目と視線が交わった。
 背筋が、凍るような思いになる。

「……どういうこと?」

 やっとの事で出した声は、掠れて聞き取れない程だった。