・
・【ノートが無い】
・
その後、皿も海人が洗ってくれて、また海人の部屋に戻って、ラップの座学ってヤツをしているその時だった。
海人がノートのページをめくったその時だった。
その次のページには『ドラゴン殺しの爪楊枝』というタイトルがついた、細い棒の絵が描かれたページが私の目にとびこんできたのだ。
刹那、海人は勢いよくノートを閉じて、めちゃくちゃデカい声でこう言った。
「ノート無くなったなぁぁぁぁあああああああああ!」
いや、俺の考えた武器描きすぎだろ。
今月の日付のノートなのに、もうここまで描いたのかよ。
ラップの座学もまだ4ページくらいしかやっていなかったぞ。
でも顔を真っ赤にしてワタワタ慌てる海人を見ていると、そこをツッコむのはあまりにも可哀相だと思い、私は何事も無かったように、
「ノート、買いに行く?」
と聞くと、海人はきっと、私が何にも気付いていなかったと感じ、ホッとした表情を浮かべながら、こう言った。
「じゃあノートでも買いに行くかっ」
そう言って立ち上がった。
私も立ち上がって、海人と一緒にこの村に一つだけある、文房具屋さんへ行くことにした。
この村の文房具屋さんは、一応文房具屋さんと名乗っているが、実際は何でも売っている。
青果店の一面もあり、また酒屋の一面もあり、というか、ただのスーパーみたいなもんだ。
ただ都会のスーパーと言えるほどの品揃えは一切無い。
「ノートはいっぱい買っておくべきだったな」
ポツリとそう呟いた海人。
それに反応していいのかどうか、何か困ってしまった。
いやまあノートはいっぱいあっても別にいいんだけども、買いに行く理由が理由なので、ちょっとナイーブだ。
俺の考えた武器の描きすぎによるノートの買い出しなので、ちょっとナイーブなのだ。
文房具屋さんは登下校の時に通る、やたらデカいカーブのところにある。
そのカーブを曲がったその時、なんとそこには狐弓くんがいたのだ。
「あっ、海人……って! 那智ちゃん! 何で一緒なのっ!」
驚愕の表情を浮かべる狐弓くん。
いや別に同棲生活発覚みたいに驚かれても。
海人が言う。
「普通に那智にラップを教えていただけだ」
まあそれは”普通”ではないけども。
「ラップを教えていたってどういう意味だいっ!」
確かにそうなるわ。
いやでも確かにそれ以外、言うことも無いんだけども。
……まあ私はデート気分だったけども。
海人はこう言う。
「那智は狐弓たちの言霊ラップに反抗するために、ラップでやり返すことを覚えたんだ」
いや何か無駄に物騒な言い回しだな。
いやまあそういうことなんだろうけども、海人の中では。
私は別に言霊ラップ、そこまで嫌なわけではないし……まあ餓狼くんのヤツだけは明らかに嫌かもしれないけども。
でもそれは単純に下手って意味だし。
「那智ちゃんがラップで反抗! そんな……そんな……!」
あっ、狐弓くん、ショックを受けているのかも。
反抗したくなるほど嫌がっていたと捉えたかも。
決してそうではないんだけども。
「那智ちゃん! めちゃくちゃカッコイイよ! やっぱり素敵な女性だ!」
あっ、全然違った。
「よーし! 那智ちゃん! 早速ボクとラップバトルだ! 負けないよっ!」
あれ? 薄々感じていたけども、あやかしたちってぶっちゃけ、ただラップが好きなだけだよね?
愛の言霊をラップでぶつける、から、単にラップバトルが好きな連中になっているよね?
「よし! 那智! かましてやれ!」
何か海人もテンションが上がっているっ!
いやまあいいけども、いいけどもさ、私も……試したいところだったからさ……!
……結果、私もちょっとラップ好きになってきちゃってる。
≪狐弓≫
那智ちゃんに直接送る愛を 君とのジャンケンは常に一緒のアイコ
合言葉は変わらない態度 君とは離れない一生無い解雇
そして絶対にない最後 君は輝き続ける、まるでライト
または自由に飛び続けるカイト 君のためにはいくらでも舞いを
一瞬カイトが”海人”だと思ってしまうくらいの自分の海人好きに、少しドキリとしながらも、私は返す。
≪那智≫
狐弓くんの言葉は私にとって灰の 色した何も無いようなナイト
夜でも騎士でも全てが足りない 先無い、すぐさま会から退会
いらない合言葉、会話は最小だ 採用はされない、つまり退場だ
ハッキリ言って解雇、これで最後 狐弓くんは繭の中にいる蚕
結構言い過ぎたかなとか思ったけども、これがディスり合いってヤツだよね、と、思っていると海人が、
「那智! キツすぎるからアウト!」
という判定をとばした。
どうやら全然言い過ぎていたようだ。
海人は続ける。
「ちょっと狐弓へのリスペクトが足りていない! 同級生同士、仲良くやろうぜっ!」
そう言って私の両肩を掴んでグラグラ揺らす海人。
ちょい、ちょい、ちょい、首が揺れるーっ。
でもそれ以上に揺れている、というか震えていたのが狐弓くんだった。
「まさか那智ちゃんにここまで嫌われていたとは……」
そう言って、もふもふのしっぽを激しく震わせている。
いやいや。
「ラップという文化に合わせただけで、別に狐弓くんのことをマジで嫌っているわけじゃないよっ」
「いやでも、これはもう……元々思っていた言葉では……」
狐弓くんの弱い部分が出ちゃっている。
ここはハッキリ言わないと。
「別に! 狐弓くんに褒められること! 嫌いじゃないよ! 褒められて嫌になる人はいないよっ!」
「……そ、そっか、ありがとう、那智ちゃん……」
と言いながら、狐弓くんが手を広げて、こっちへ向かって走ってきたので、それは海人が止めた。
「いや狐弓、ハグしようとするなよ」
「いいじゃない、その流れだったじゃない」
「オマエは負けたんだからな!」
「うぅ、それは言わないでよー」
いや厳密に勝ったとか負けたとかもないんだけども。
でもまあこの場にいてラップをしなかった海人が審査委員気分なんだろうな。
そして海人が勝手に総括し始めた。
「やっぱり狐弓の同じ母音だけで押韻し続けるというスタイルは限界があると思うな、もっと柔軟に韻を作っていってもいいんじゃないかな」
確かに私もそれはちょっと思った。
でも狐弓くんは違った。
「いやでも同じ母音のほうが、その言葉を愛している感じが出るかなって……」
自信無さげに喋る狐弓くんだが、自分の中の確固たるポリシーはあるみたいだ。
そういうのもまあ悪くないのかなと私は思いつつ、私たちと狐弓くんはバイバイしていった。
海人はやたら偉そうに頷きながら、
「狐弓はもっといけると思うんだけどなぁ」
と言っていた。
その謎な、先生気取りな感じに、ちょっと内心笑っちゃいながらも、海人とノートを買って、海人の家に戻った。
その後、ちょっとまた座学みたいなことをして、私は家へ帰宅した。
何だかんだで、みっちりラップの話をした。
海人とラップという共通の話題で会話するのも、悪くないなと思った。
しかし次の日、事件が起きたのであった。
・【ノートが無い】
・
その後、皿も海人が洗ってくれて、また海人の部屋に戻って、ラップの座学ってヤツをしているその時だった。
海人がノートのページをめくったその時だった。
その次のページには『ドラゴン殺しの爪楊枝』というタイトルがついた、細い棒の絵が描かれたページが私の目にとびこんできたのだ。
刹那、海人は勢いよくノートを閉じて、めちゃくちゃデカい声でこう言った。
「ノート無くなったなぁぁぁぁあああああああああ!」
いや、俺の考えた武器描きすぎだろ。
今月の日付のノートなのに、もうここまで描いたのかよ。
ラップの座学もまだ4ページくらいしかやっていなかったぞ。
でも顔を真っ赤にしてワタワタ慌てる海人を見ていると、そこをツッコむのはあまりにも可哀相だと思い、私は何事も無かったように、
「ノート、買いに行く?」
と聞くと、海人はきっと、私が何にも気付いていなかったと感じ、ホッとした表情を浮かべながら、こう言った。
「じゃあノートでも買いに行くかっ」
そう言って立ち上がった。
私も立ち上がって、海人と一緒にこの村に一つだけある、文房具屋さんへ行くことにした。
この村の文房具屋さんは、一応文房具屋さんと名乗っているが、実際は何でも売っている。
青果店の一面もあり、また酒屋の一面もあり、というか、ただのスーパーみたいなもんだ。
ただ都会のスーパーと言えるほどの品揃えは一切無い。
「ノートはいっぱい買っておくべきだったな」
ポツリとそう呟いた海人。
それに反応していいのかどうか、何か困ってしまった。
いやまあノートはいっぱいあっても別にいいんだけども、買いに行く理由が理由なので、ちょっとナイーブだ。
俺の考えた武器の描きすぎによるノートの買い出しなので、ちょっとナイーブなのだ。
文房具屋さんは登下校の時に通る、やたらデカいカーブのところにある。
そのカーブを曲がったその時、なんとそこには狐弓くんがいたのだ。
「あっ、海人……って! 那智ちゃん! 何で一緒なのっ!」
驚愕の表情を浮かべる狐弓くん。
いや別に同棲生活発覚みたいに驚かれても。
海人が言う。
「普通に那智にラップを教えていただけだ」
まあそれは”普通”ではないけども。
「ラップを教えていたってどういう意味だいっ!」
確かにそうなるわ。
いやでも確かにそれ以外、言うことも無いんだけども。
……まあ私はデート気分だったけども。
海人はこう言う。
「那智は狐弓たちの言霊ラップに反抗するために、ラップでやり返すことを覚えたんだ」
いや何か無駄に物騒な言い回しだな。
いやまあそういうことなんだろうけども、海人の中では。
私は別に言霊ラップ、そこまで嫌なわけではないし……まあ餓狼くんのヤツだけは明らかに嫌かもしれないけども。
でもそれは単純に下手って意味だし。
「那智ちゃんがラップで反抗! そんな……そんな……!」
あっ、狐弓くん、ショックを受けているのかも。
反抗したくなるほど嫌がっていたと捉えたかも。
決してそうではないんだけども。
「那智ちゃん! めちゃくちゃカッコイイよ! やっぱり素敵な女性だ!」
あっ、全然違った。
「よーし! 那智ちゃん! 早速ボクとラップバトルだ! 負けないよっ!」
あれ? 薄々感じていたけども、あやかしたちってぶっちゃけ、ただラップが好きなだけだよね?
愛の言霊をラップでぶつける、から、単にラップバトルが好きな連中になっているよね?
「よし! 那智! かましてやれ!」
何か海人もテンションが上がっているっ!
いやまあいいけども、いいけどもさ、私も……試したいところだったからさ……!
……結果、私もちょっとラップ好きになってきちゃってる。
≪狐弓≫
那智ちゃんに直接送る愛を 君とのジャンケンは常に一緒のアイコ
合言葉は変わらない態度 君とは離れない一生無い解雇
そして絶対にない最後 君は輝き続ける、まるでライト
または自由に飛び続けるカイト 君のためにはいくらでも舞いを
一瞬カイトが”海人”だと思ってしまうくらいの自分の海人好きに、少しドキリとしながらも、私は返す。
≪那智≫
狐弓くんの言葉は私にとって灰の 色した何も無いようなナイト
夜でも騎士でも全てが足りない 先無い、すぐさま会から退会
いらない合言葉、会話は最小だ 採用はされない、つまり退場だ
ハッキリ言って解雇、これで最後 狐弓くんは繭の中にいる蚕
結構言い過ぎたかなとか思ったけども、これがディスり合いってヤツだよね、と、思っていると海人が、
「那智! キツすぎるからアウト!」
という判定をとばした。
どうやら全然言い過ぎていたようだ。
海人は続ける。
「ちょっと狐弓へのリスペクトが足りていない! 同級生同士、仲良くやろうぜっ!」
そう言って私の両肩を掴んでグラグラ揺らす海人。
ちょい、ちょい、ちょい、首が揺れるーっ。
でもそれ以上に揺れている、というか震えていたのが狐弓くんだった。
「まさか那智ちゃんにここまで嫌われていたとは……」
そう言って、もふもふのしっぽを激しく震わせている。
いやいや。
「ラップという文化に合わせただけで、別に狐弓くんのことをマジで嫌っているわけじゃないよっ」
「いやでも、これはもう……元々思っていた言葉では……」
狐弓くんの弱い部分が出ちゃっている。
ここはハッキリ言わないと。
「別に! 狐弓くんに褒められること! 嫌いじゃないよ! 褒められて嫌になる人はいないよっ!」
「……そ、そっか、ありがとう、那智ちゃん……」
と言いながら、狐弓くんが手を広げて、こっちへ向かって走ってきたので、それは海人が止めた。
「いや狐弓、ハグしようとするなよ」
「いいじゃない、その流れだったじゃない」
「オマエは負けたんだからな!」
「うぅ、それは言わないでよー」
いや厳密に勝ったとか負けたとかもないんだけども。
でもまあこの場にいてラップをしなかった海人が審査委員気分なんだろうな。
そして海人が勝手に総括し始めた。
「やっぱり狐弓の同じ母音だけで押韻し続けるというスタイルは限界があると思うな、もっと柔軟に韻を作っていってもいいんじゃないかな」
確かに私もそれはちょっと思った。
でも狐弓くんは違った。
「いやでも同じ母音のほうが、その言葉を愛している感じが出るかなって……」
自信無さげに喋る狐弓くんだが、自分の中の確固たるポリシーはあるみたいだ。
そういうのもまあ悪くないのかなと私は思いつつ、私たちと狐弓くんはバイバイしていった。
海人はやたら偉そうに頷きながら、
「狐弓はもっといけると思うんだけどなぁ」
と言っていた。
その謎な、先生気取りな感じに、ちょっと内心笑っちゃいながらも、海人とノートを買って、海人の家に戻った。
その後、ちょっとまた座学みたいなことをして、私は家へ帰宅した。
何だかんだで、みっちりラップの話をした。
海人とラップという共通の話題で会話するのも、悪くないなと思った。
しかし次の日、事件が起きたのであった。