翠藍が言うには、彼は幽世(かくりよ)から現世(うつしよ)の人間の生態調査のために派遣されたあやかしなのだそうだ。

 普通ならクスリでもしてる頭のおかしい奴だと一蹴するところだ。しかし、バッサバッサと背中の羽根を羽ばたかせて実際に飛んでいるところを目の当たりにしては信じざるを得ない。

 この格好は……もしや天狗の仲間か!?

「なんで生態調査なんてする必要が? まさか現世に侵攻してくるの?」
「侵攻? なぜ侵攻する必要がある? そこに観察対象があれば生態調査するだろ? お前達はしないのか?」

 翠藍が怪訝そうに眉を寄せた。

 それって、生物学者が動物の生態調査するみたいなノリだろうか。人間っていうのは、この人達にとっては動物と同じ位置づけなのだろうか。

「何を調査するの?」
「今日は初めて来たからな。とりあえずは様子を観察するだけのつもりだったのだが、お前のせいで計画が崩れた」

 翠藍は私を見下ろすと、ため息を吐いた。

「ちょっと待って。それ、絶対に私のせいじゃないと思うんですが?」
「とにかく、俺は報告書をまとめる必要がある。仕方がないからお前を観察するか」

 全然人の話を聞いてないよ。あやかしってのは、人の話を聞かない生き物なのかね。私が〝幽世のあやかし調査役〟に任命されたら間違いなく『特徴:人の話を聞きません』って書くわ。
 てか、なんで私が観察対象なのよ。意味わかんないし。

「はぁ? あなた、馬鹿じゃないの!?」
「俺は秀才と名高いんだぞ」
「ひっ」

 翠藍は私をじろりと睨み付けてきた。

 蛇目に睨まれると本気で怖い。まさに蛇に睨まれた蛙のごとく、私は呆気なくこのおかしな訪問者の観察対象になったのだった。

    ◇ ◇ ◇

 結局、私は翠藍を連れて、当初行く予定だったクラブに行くことにした。
 どうにでもなれと、半ばやけくそである。ちょうどチケットも二枚あったしね。
 翠藍は興味深げにまわりの人間を見渡していた。

「おい、ここの連中はなぜ幽世の者の真似をしている。幽世に憧れているのか?」

 翠藍が不思議そうに聞いてきた。『幽世の者を真似している』というのは、皆が色々な仮装をしているからだろう。中にはお化けの格好をしている人もいるし。

「今日はね、特別な日なの。みんなが仮装して大騒ぎする日」

 本当は多分違うけど、面倒くさいから適当な説明をした。ハロウィンの由来なんて知らないし。