そして、彼の黒い虹彩の奥──瞳孔が蛇のような縦型で、その奥は燃えるような赤色だった。ハロウィンの仮装自慢達が街中にうじゃうじゃと集まる中でも相当に個性的、かつ、クオリティーの高い仮装であることは疑いようがない。

 男は真顔のまま、私に一歩近づいた。私は見知らぬ男に追われるように咄嗟に後退りする。けれど、すぐに道路沿いに建ち並ぶビルの壁に背中が当たってしまった。

「おい女、答えろ。ここは人間界であっているか?」

 男は私の顔を覗きこむと、ぐいっと顔を近づけた。黒目の奥の深紅の色が妖しく光る。

 最近のコンタクトレンズって凄いのね。蛇目とか、こわっ。
 というか、なぜ私は見知らぬ男に壁際に追い込まれて道案内を迫られているのだろうか? 高校生のときならいざ知らず、二十代も半ばにさしかかった今では、私だって渋谷なんて二、三ヵ月に一度、食事や映画を見に来るくらいだ。

 そんなことを思いながら私はその男の顔を見返した。

「ごめんなさい。私もそんなに詳しくないんです。ニンゲンカイというお店は、ご自分のスマホで調べてみてはどうでしょう? もしくは待ち合わせしているお友達にラインしてみるとか」
「スマホ? ライン?」

 男の眉間に皺が寄り、訝しげなものに変わる。

 私、何か変なこと言いましたでしょうか?
 ああ、誰か助けて。

 周囲に視線を走らせるも、誰もこちらを気にすることなく素通りして行く。端から見たら、私と目の前の男は街中の壁際でいちゃついている仮装カップルにしか見えないだろう。

 ──誰か、ヘルプ・ミー! ナオちゃんのバカー!!

 私は心の中でそう叫んだ。

 会社の同期のナオちゃんに、ハロウィンの日に渋谷のクラブで仮装パーティーがあるから行こうと誘われたのは一週間ほど前のことだ。ハロウィンなんて、私が子供の頃なんて殆ど認知されてなかったのに、いつの間にこんなにポピュラーなイベントになったのだろう。
 昨年は渋谷一帯が仮装自慢達で大変なことになっているという報道をぼっーとテレビで見ているだけだった。けれど、今年は自分も参加してみようかな、と軽く考えた。

 そして、私はナオちゃんと渋谷の交差点付近の有名スイーツショップの前で、仮装して待ち合わせすることになったのだ。それが、なぜか今、私は見知らぬ仮装男に壁際に追い込まれて道案内を迫られている。