「わざわざうちに持ってこなくても、おばさんに切ってもらったら?」

龍神と同様、龍神の巫女となった女児とその家族にも夕霧神社に住まうことが義務付けられている。ただし、その待遇は大きく異なる。

颯が暮らすのは内宮――すなわち夕霧山の山頂、夕霧神社の本宮であるのに対し、私が住んでいるのは外宮――夕霧山の山麓にある夕霧神社の別宮内に誂えられた日本家屋である。

内宮から外宮までは緩い坂道を三十分は歩かねばならない。まあ、颯に限って言えば歩く以外の選択肢もありえるわけだけども。

「母さん、寄合所に行ってて家にいないんだよ」

ああと直ぐに頭の中に心当たりが見つかる。

夕霧村では毎年、十月になると龍神祭りが行われる。

龍神祭りでは夕霧神社に祭られている龍神に一年の安穏無事を祈願し、祝詞と供物が捧げられる。

村中に提灯が掲げられ、夕霧神社には所狭しと屋台が軒を連ねる。近隣から見物客も訪れ、普段は人の少ない夕霧村全体が随分と賑やかになるのだ。

堅苦しい儀式だの行事だのが大嫌いな颯も、その日に限っては借りてきた猫のように大人しくなる。

この時期、大人たちは寄合所に集まり、龍神祭りの準備に奔走して、きまって家を留守にしていた。

「仕方ないなあ。じゃあ、あがって」

「凛、ひとりか?」

土間でサンダルを脱ぎながら颯が尋ねる。

「うちの親も寄合所に行ってるから」

「あ、そう」

颯はそう言うと、私が梨を切るのを待つ間、居間に寝転がってテレビを見始めた。

生まれた時から一緒に育った颯にとって、私の家は勝手知ったる他人の家。

むしろ、自分が住む夕霧神社の本宮よりもくつろぐことのできる空間なのかもしれない。