「ごめん、遅くなって」

「お疲れ様。大変ね、“龍神の巫女”も」

私と颯のやり取りを他のクラスメイト同様に遠巻きに見守っていた汐花は、そう言って私の苦労をねぎらってくれた。

夕霧村出身の汐花は、他の集落出身のクラスメイトよりも私と颯の関係を正しく理解していた。

「いや、実際のところ“龍神の巫女”なんて、体のいいお世話係みたいなものだから」

おどけるように言いながら、手近な机を二つくっつけていく。汐花と向かい合い、ようやく家から持参した弁当を広げる。

ふりかけご飯、からあげ、卵焼き、ブロッコリー。ありふれたお弁当の脇には颯にもらったメロンパン。

龍神からの頂き物なんて普通は恐れ多くて口にできないものだろうが、私はなんの躊躇いもなくメロンパンにぱくついた。

龍神の颯と違って、私はどこにでもいる普通の高校生だ。

高くもなければ低くもない百五十八センチの身長。目も髪もどこにでもいる黒色だし。鎖骨まで伸びるセミロングのヘアスタイルは何の捻りもなく平凡そのもの。

唯一、普通の人間と違うところはうなじに龍の鱗のような痣があることだ。

直径三センチほどの痣は、私が龍神の巫女であることの証だ。

夕霧村では龍神が生まれると必ず、同時期にうなじに龍鱗を持つ人間の女児が生まれる。

女児は龍神の巫女と呼ばれ、龍神の身辺のお世話を司る。

つまり、私は残念なことに生まれた時から颯のお世話係になるべく目をつけられてしまったわけである。

思えば私の人生は颯に振り回されてばかりだった。

年端のいかぬ子供の頃から神通力に慣れ親しみ、度を越した悪戯を繰り返す颯の後始末はいつも私の役目だった。

つむじ風を起こして女子全員のスカートをめくったり。池の水を凍らせてスケートの真似事で遊んだり。気まぐれに雷を落としてみせたりと。

そんなことは日常茶飯事で、小・中学校時代の颯の悪行を上げたら枚挙にいとまがない。

高校に入学し、周りに村外出身者が多くなると、悪戯がなくなる一方で、素行不良が目立つようになった。

遅刻・早退は当たり前。授業はサボり、課題もやってこない。

すぐそばの購買に行くことすら面倒くさがり、私をパシリに使う始末。

生活態度は最悪。

それでも、教師達は颯が龍神であることを慮って何も言わない。

私の気苦労はいつまで経っても絶えることはない。

私だってこれでも世間で言う花の女子高生だ。

貴重な青春時代を颯のパシリとして過ごしていて良いのかなと、この頃とみにそう思う。