「メロンパンと焼きそばパンください」
購買のカウンターでそう叫ぶと、赤いバンダナを頭に巻いた恰幅の良いおばちゃんが丸椅子から立ち上がった。
「あら、凛ちゃん。今日も颯様のおつかい?」
購買のおばちゃんは御年五十にも関わらず、十六歳の子供相手にも敬称を忘れない。
この村で龍神である颯の顔と名前を知らない者はいない。
「そうです。もう颯ってば、いっつもひとのことをこき使うんだから……」
口をつくのは颯への恨み言だ。
龍神信仰の篤いこの村ではともすれば罰当たりと言われるが、このおばちゃんは苦笑交じりで聞き流してくれるからありがたい。
村の皆にとっては大事な大事な龍神様でも、わたしにとっては面倒で生意気な世話の焼ける幼馴染だ。
「はい、お待ちどうさま」
おばちゃんは慣れた手つきで茶色の紙袋にメロンパンと焼きそばパンを詰めると、カウンター越しに私にパンを手渡した。
パンと引き換えに小銭を渡そうとすると、とんでもないと慌てて両手を左右に振った。
「いいのよ。龍神様からお代をもらうなんて恐れ多いわ」
「や、でも……」
「本当にいいのよ。うちのじいさんの脚が良くなったのは龍神様のおかげなんだから」
おばちゃんはそう言うと、本当に小銭を受け取ろうとしなかった。
私は仕方なく腕を下ろし、指が痛くなるまで小銭を固く握りしめた。
……颯はあまやかされている。
それが、少しばかり気に食わなかったりする。
龍神だからとこぞって持て囃すものだから、颯があんなあまったれになるのよ。
「ちょっとあまやかしすぎなんじゃないですか?」
「いいのよ。颯様のおかげで皆が平和に暮らせているんですもの
苦言を呈してみても、おばちゃんには暖簾に腕押し、糠に釘。
龍神が村を守っているといえば聞こえはいいが、私は颯が村のために率先して何かをしているというのを見たことがない。
休日は寝るか、ゲームか、漫画を読むかのどれか。
だるいが口癖の普通の高校生にしか見えない。皆がありがたがる龍神様の姿には程遠い。
いや、ホーント。村の皆には颯の生態には一生気が付かないでいて欲しい。
尊敬と畏怖を集める龍神があんなあまったれだなんて残念過ぎる。
はあっと遠い目をして盛大な溜息をついた私に今度はおばちゃんが問いかける。
「凛ちゃんの方が私よりよっぽど颯様をあまやかしてるように見えるけど?」
颯に言われるがままパンを買いに来た私には、耳の痛い話だった。