階段を降り渡り廊下を歩いていると、夕霧山の方から一陣の風が吹いてきて、ふと足を止めた。

山頂から吹き下ろすひんやりとした風が前髪をさらっていく。膝丈のプリーツスカートがパタパタと後ろになびいていく。

季節は秋。

夏には青々としていた夕霧山にも、この頃は黄色いものが混じるようになった。紅葉の季節が終わり冬が訪れると、今度は山頂にはうっすらと白い雪が積もるようになる。

夕霧村の村人は夕霧山の山景色から季節の移り変わりを知る。私も例外ではない。

雲が足早に空を駆け抜けていくのを見送り、夕霧山の山頂から中腹にかけて視線を移すと、今度は朱塗りの鳥居が見えてくる。

……夕霧神社だ。

普通、行政の中心と言えば役所、古くは城を据えるものだが、この村では夕霧神社をはじめとする夕霧山を囲うように村が形成されている。

それは夕霧山に住まう龍神を守るためだと言われている。

夕霧村――人口五千人にも満たないこの村には他の街にはない伝承がある。

……百年に一度、龍神が人間に姿を変え、この地に舞い降りすべての禍から村を守る。

村外の人間が聞いたら鼻で笑い飛ばされるであろう言い伝えだが、決して昔話にありがちな誇張ではない。

実際、夕霧神社には本物の龍神が住んでいる。

十七年前の七月七日のことだ。

夕霧村に住むある夫婦のもとに第一子となる男児が誕生した。

出産を担当した医師は生まれた赤子の様子を見て絶句したという。

生まれた男児は普通の赤子と異なり、背に羽のような広がった肩甲骨がせり出し、生まれたての小さな手には神通力をコントロールするための赤い玉石を握り締められていたのだ。

一時、分娩室は騒然とした。

……生まれた男児は龍神だった。

龍神が誕生したことは直ぐに村内に知れ渡り、男児は歓喜を持って村に迎え入れられた。

龍神は慣例通り両親とともに夕霧神社で暮らすようになり、以来十七年間住みかを変えていない。

龍神は人間であって人間ではない。

人間の赤子と同じように十月十日の間、母親のお腹の中で生を育まれたとしても、龍神と人間との間には大きな隔たりがある。

天候を自由自在に操り、常人には理解の及ばぬ神通力が宿り、龍に変化すれば空だって飛べる。

まさに神のごとき力。生ける神。唯一無二の龍神。

……それが、颯だった。