「メロンパンと焼きそばパン買ってきて」
颯は横柄にそう言って教室の固い椅子の背もたれにふんぞり返った。
午前の授業が終わり、友人である汐花と昼食をともにすべく教室内を移動している最中のことだ。たまたま隣を通りかかった私を引き留めるように、颯は無造作に藍色のブレザーの裾を掴んだのだった。
(またか……)
私は心の中でそっとため息をつくと、身を翻して裾を掴む手をサッと振り払った。
「もうっ!!人に頼まず自分で買ってきたらどうなの?」
私はぷんすかと頬を膨らませ腰に手を当てると、颯の理不尽な要求を跳ねのけたのだった。
……なんで私が貴重な昼休みを削ってまで、颯のためにわざわざメロンパンを買ってこなきゃいけないのだ。
パンが売っている購買は二階端にある、この2-3組の教室からそう遠くはない。階段を下り、渡り廊下を右に折れればすぐにたどり着く。所要時間3分といったところだ。
「自分で買いに行くのめんどくさいじゃん。ほら、早く行かないと売り切れるだろ?」
颯は顎を軽くしゃくり教室の出口を示すと、早く買いに行けと私を急かした。
「嫌よ。自分で行きなさい」
いつもいつも人を使いっ走りにして!!
今日という今日は絶対に買いに行かないんだから!!
私が断固として拒絶の意を示すと、おおっと教室にどよめきが起こった。
颯に真っ向から口答えするのは生まれたときから一緒にいる私くらいなものだろう。
それは決して一見すると不良のような颯の外見のせいだけではない。
肩までのびた透き通るような銀髪を無造作にハーフアップに束ね。
左右の耳には二つずつ身に着けた雫型の赤いピアスが揺れる。
カラコンでも作り出せない一対の黄金の双眸が私を射抜く。
颯の異様な容姿にはやむに已まれぬ事情があることをクラスメイトはよく理解していた。校則違反だと声高に非難するものはひとりとしていない。
……まあ、指摘する人がいたところで黙殺されるのが関の山だろう。
「凛」
「だーかーら、嫌だって」
ぷいと顔を背ける傍から、颯がぐるりと先回りして目線を合わせようとしてくる。
「り~んちゃん。買ってきて?」
ここぞとばかりに鼻にかかった甘え声でねだられる。
黄金の瞳に見つめられれば見つめられるほど、うなじがひりひりと痛んだ。
何度となく同じやり取りを繰り返した末に、先に折れたのは私だった。
「……お金はあとで払ってもらうからね」
「さっすが凛ちゃん。話がわかるう~」
「うーるーさーい!!」
私は捨て台詞のようにそう言うとからかう颯に追い立てられるようにして、教室を出て真っ直ぐ購買を目指した。