「お、おねえちゃん……」
物思いに沈んでいた私は彼女の震える声で我に返った。
ぐいぐいとパーカーの袖を引っ張られ、彼女が指さした草陰を見るとおおよそ人間ではない獣の気配が近づいてくる。
(なに……?)
茂みを掻き分け現れたのは大の大人ほどの大きさの四つ足の生き物だった。
(猪だ……!!)
私は咄嗟に子供たちを背後に隠した。
巨大な猪は食べ物の匂いにつられてきたのか酷く興奮していた。フゴフゴと鼻を鳴らしながら一歩一歩こちらに近づいてくる。
猪との距離は五メートル。逃げようとしても逃げきれるか分からない。足元は暗く、走ったところで木の根に足を取られて転んでしまうのがオチだ。
そうこうしているうちに、猪が体勢を低くし前足を蹴りだした。襲われるのを覚悟し、腕を顔の前に出して庇う。
「颯っ!!」
助けてと無意識で叫んだのは他でもない颯の名前だった。好きも嫌いもないまぜになった魂の叫びは、颯の元まで届いた。
『凛っ!!』
……それは、耳をつんざくこの世のものとも思えない咆哮だった。
「きゃあっ!!」
咆哮は風となり、木々の間を駆け抜け、木の葉を揺らし、森に大きなさざなみを作った。
あまりの強風に耳を塞ぎ、目を固く閉じて事態の収束を待つ。まるで竜巻にでも遭遇したような、一瞬の出来事だった。
風の音がやみ目を開けると、目の前には猪から守るように小さな渦が出来ていた。
『誰の女に牙を向けている』
地の底から這い出るような恐ろしい声が頭上から降ってくる。みーくんを探しに行っていた颯が戻って来ていたのだった。
『消えろ!!』
龍神の逆鱗に触れた猪は怯え切って、追い立てられるようにして再び茂みの中に消え去って行った。
「助かった……」
猪がいなくなると身体から力が抜け、その場に崩れ落ちてしまった。
「あ、みーくんだ!!」
颯の背中に男の子が乗っているのを発見すると、子供達が空に向かって大きく手を振った。
私と子供達は颯の誘導に従って、龍が下りても支障がなさそうな開けた場所に移動した。
無事合流すると、鼻頭で背中をつつかれる。
『あんまり心配させるな』
「助けてくれてありがと、颯」
首根っこに抱き着き、感謝を込めて頭を撫でてやると、颯は気持ちよさそうに目を細めて頷いたのだった。