「こ、殺すって……」

「やっぱり……わかってなかったんだな」

膝立ちになった颯に手首を掴まれ、そのまま畳に身体を押し倒される。

「俺は自分のものを人にくれてやるほどお人好しじゃない」

私を見下ろす颯の銀髪がサラサラと上から零れ落ちてきて、まるで流れ星のようだった。

「彼氏が欲しいなら俺でよくない?」

「じょ、冗談でしょ!?」

私はこの時初めて、颯が龍神である前に十七歳の男子であることを思い出した。

そして、思い出した瞬間、顔を背け条件反射のように颯から目を逸らした。

「凛」

ねだればなんでも許されると思っているのか、私の名前を呼ぶ声には甘い響きを孕んでいる。それが何を意味しているかわからないほど、私は子供でもなかった。

「ダ、ダメ!!」

私は体温が急上昇していくのを自覚しながらも、ひたすらダメだと言い張るしかなかった。

いくら龍神の巫女だとしても、犯してはいけない領分というものがある。

……龍神と巫女が恋人になるなんて!!

手首を畳に縫い留めていた颯の手の力が緩み、今度は恋人同士のように指を絡ませあう。

「凛」

耳たぶの後ろに唇が這わされると、ビクンと身体が震えた。颯に求められて嬉しいと思うと同時に泣きそうになる。

「ダ、ダメなものはダメなのっ!!」

こればっかりは私にもどうすることもできない。

私は渾身の力を使って拘束を振りほどき、颯の身体をグイと押し返したのだった。

「……なんで?そんなに嫌かよ?」

心底傷ついたとでも言いたげに黄金の瞳が伏せられる。

(颯は……ズルイ……)

そんな顔されたら私が拒めないのを知っていて、わざとやっているんでしょう?

嫌に決まってると、反論出来たらどれほど良かっただろう。嫌かと問うその瞳に嘘はつけるほど私は器用ではない。

答えは否だ。だから余計に困っている。

……ずっと隠してきたのに。颯の傍にいるためには隠し通さねばならなかったのに。

「は、颯は龍神じゃない……。私なんか相手になるはず……ないよ」

後ろめたくて視線が宙を彷徨う。颯がどんな表情をしているか正面から見る勇気はなかった。

「お前まで、俺を区別するんだな……」

颯はギシリと奥歯を噛み締めた。

押し殺したのは、怒りか、それとも悲しみなのか。

「は、やて……?」

颯は何事か言いかけたその時、突然視線が縁側から見える夕霧山の木立に向けられた。