「はい、どうぞ」
そう言って、台所で一口サイズに切ってきた梨をちゃぶ台の上に置く。
颯は畳から起き上がると、フォークで梨を突き刺しそのまま口に運んだ。
サクサクと梨を咀嚼する音と、テレビに映るタレントの甲高い笑い声が居間に響く。
「昨日でてた数学の課題やった?」
「やってない」
颯は梨を頬張りながら当然のようにそう言ってのけた。
「颯、当たってたじゃんどうするの?」
「サボる」
恥ずかしげもなく言われると、もういっそのこと清々しいような気もしてくるから不思議だ。しかし、そうそうサボってばかりではいられないだろう。
「ねえ、今からそんなんでどうするの?将来、なりたい職業とかないわけ?」
「なりたい職業はないけど、なりたいものならある」
「なりたいもの?」
「ニート」
颯はニヤリと銀髪を揺らして、私の小さな期待を大きく裏切った。
(……ダメだ、こりゃ)
村の象徴たる龍神がニート希望だなんて、恥ずかしくて誰にも言えやしない。
さっき聞いた話は、私の頭の中に封印しておこう。うん、そうしよう!!
何も聞かなかったことにして、梨と一緒に颯への不満を飲み込んだその時、スマホが新着メッセージをお知らせした。
【どう?都合悪い?】
既読になったのに、一向に返事が返ってこないことに焦れた汐花からの催促のメッセージだった。
(あ、汐花に返信するの忘れてた)
断るなら早い方が良いだろうとスマホを操作していく。しかし、文面を打ち出している途中で、突如スマホが目の前から消えた。
「……何すんの?」
私はスマホを奪い取った犯人に抗議の声を上げた。
颯は開きっぱなしになっていたスマホの画面をしばし眺めると、ぽいっと私に投げて返した。
「遊園地、行くつもりか?」
「何で知ってるの!?」
汐花と遊園地の話をした時、颯は教室に居なかったはずなのになぜ知っているのだろう。
「俺に聞かれたくなかったら村の外まで出るんだな」
颯はちゃぶ台に頬杖をつき、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。
(この地獄耳!!)
龍神の神通力は百里先まで見通せ、葉の落ちる音ひとつひとつを聞くことができると言われている。颯がその気になったら、教室の内緒話どころか、来週の中間テストの内容まで筒抜けだ。
「お前さ、わかってんの?」
「何よ?」
颯は逆手でフォークを握り締め、梨に思い切り突き刺した。
「万が一、お前に彼氏が出来たら、俺がそいつを殺さないといけないってこと」
梨は無残に真っ二つになり、ヒヤリとした空気が辺りを支配する。