──つまり、お嫁さんになることだと。
そうすることで、今はこの弥生通り全体を包んでいる加護と『翡翠の許嫁』という立場に守られている私に、直接『縁結び』という形で翡翠の加護を施すことが出来るらしい。
もとより神々や妖怪といった人ならざるモノたちが住む世界であるがゆえに、私のような人の子が暮らしていくには、それなりの覚悟が必要というわけだ。
ただ、そう言った意味ではひとつ気になっていることがある。
「ねえ翡翠、おばあちゃんも昔はここに住んでたんだよね?」
「弥生か? ──ああ、あれはたしか、あいつがまだ十七かそこらの時だったか。まあ暮らしていたとは言っても、ほんの一年ほどだが。なんだ、気になるか?」
「いや、あの、なんていうか……どうしておばあちゃんは普通にかくりよで暮らしていけたのかなって。その時も翡翠が、その、加護を?」
恐らくその時はまだこの弥生通りはなかったはずだ。つまり、加護は別のものから受けていたと考えられる。その点、翡翠はどうやら祖母とも親密だったようだし、もし私と同じように『許嫁』だとか『縁結び』だとか、そういう話の上で暮らしていたのなら……。
実はずっと気になっていたことだった。
祖母の旦那さんの姿を私は見たことがないのだ。それどころか、祖母はなにひとつ私に祖父の話をしなかったから、その正体は闇に隠れている。
若かりし頃の祖母なんて想像も出来ないけれど、実際に自分がこの立場になっている以上、その可能性も無きにしも非ずなのではないかと無性に思えて仕方ない。
翡翠が、祖母と──おばあちゃんと恋愛関係にあったんじゃないかって。
否が応でも広がっていく想像に、私は思わず顔をうつむける。
どうしてこんな気持ちになるのかわからない。翡翠は、私よりずっと長い時を生きている。祖母だけでなく、恋愛経験は多いに決まっている。いや、むしろ当然のことなのに。
自分で聞いたくせに、思いもよらず胸にうずまく醜い気持ち。どうにかバレる前に押し殺そうと唇を引き結んだ私を、翡翠はきょとんとした顔で見下ろしてくる。
「あ、べ、別に答えたくなかったら答えなくても……っ」
「いや……答えたくないというよりは、あまりに突飛な問いで思考が停止していた」
それからまた少し時間をかけて言葉の意味を咀嚼すると、ようやく苦々しい顔を浮かべて片手で口元を覆った。