「だからおばあちゃんには、幼い頃から色々なことを叩き込まれたんだ。あやかしとの付き合い方とか身を守るための結界術とか。たぶん、私が最低限生きていくための術は全部教えてもらったよ。それがなかったら私は生きてこれなかったと思う」
恐らく祖母がいなかったら、私は赤ん坊のうちからあやかしの餌食になっていたに違いない。
それくらい、あやかしは私にとって恐い存在だった。
かくりよの──とくに弥生通りに住むあやかしは人の姿に化けているモノが多いからあまり思わないけれど……本当に失神しそうなくらい恐ろしい見た目をしたあやかしは、この世に五万といるのだ。
さすがに二十三年間も対峙していれば少しは慣れてくるものだが、幼い頃は怖くて怖くて、祖母と一緒じゃないと夜も寝られなかったくらいである。
「そんなおばあちゃんがいなくなって、私はこの世界も自分もどんどん嫌いになっていった。おじさんやおばさんに心配かけるわけにはいかないから、表では必死に笑ってたけど。そんな苦しかった凹凸からようやく逃げ出せたのが、今年の春でね」
大学を卒業して、就職せずに独り立ちした。
祖母と両親が残してくれた遺産で生計を立て、結界を張ったアパートでひとり閉じこもりながら生活するという道を選んだのは、正直なところ『現実逃避』だったといってもいい。
「そう、やっとひとりになれたって思った矢先にここへ来た。──最初はすぐに帰るつもりだったのに、どうしてかこうしてみんなと一緒にご飯を食べてるわけだけど」
ふふ、と笑ってみせるけれど、翡翠も時雨さんもりっちゃんもコハクも、ただ戸惑ったように瞳を揺らすだけだった。
無理もない。今の話だけなら、私がただあやかしを嫌いだということしか伝わらないだろう。
実際、まだその気持ちが完全になくなったわけじゃない。
ただ、私の決意はこの先にある。
「私、みんなとこうして一緒にいる時間が楽しいって心から思ってる。今この時は、あやかしを見る力がなかったら絶対にありえないことだった」
「真澄さま……」
私の苦悩を知っているコハクは、なぜか私よりも辛そうで今にも泣きそうな顔だ。