「あやかしだって、みんな心があるんだもんね……」
うつしよにいた頃、なにかとあやかしに悪さをされることが多かった。
彼らにとっては見える人間が珍しいんだろう。私がそういうタチだと知ると所構わず絡んでくるから、正直あやかしに良いイメージはまったくなかったと言ってもいい。
もちろん私が見えるタチだと知っても、特に気にもせず通り過ぎていくあやかしもいたし、中には人間に化けて人の世で暮らしているあやかしもいたから、全てのあやかしが悪いものじゃないと頭では理解していたのだけれど。
……それでも、きっと。
ここに、このかくりよに来なければ、私は一生あやかしと関わることを避けて、人の世にも馴染めないまま、最期はひとりで生涯を終えていたんだろう。
そこから救い出してくれたのは──手を差し伸べてくれたのは、翡翠だ。
私はきっと、翡翠に惹かれている。許嫁という立場ではあるけれど、それとは関係なく翡翠の不器用な優しさに心を持っていかれている。
そう認めざるを得ないくらいには、私のなかで翡翠という存在は大きなものになってしまった。もう今さら、うつしよの生活に戻りたいとは思えないくらい。
──それでも、まだ、迷ってしまうのは。
「……真澄?」
お風呂からあがったらしい翡翠が、どこか気まずそうな顔をしながら声をかけてきた。
顔を伏せていたから泣いていると思ったのかもしれない。
悟られないように、なるべく自然に見えるように装いながら顔をあげる。
「なんでもないよ。いつもありがとね、翡翠」