「ふーん……」

「り、りっちゃん……」


 ふーんて、と焦る私の後ろで、耐えきれなくなったのかコハクが小さく吹き出した。すぐに「すみません」と佇まいを正すけれど、笑いを堪えているのが丸わかりだ。


「お気の毒ですね、旦那様」

「う、うーん」


 りっちゃんが翡翠をパパと呼んでいるのは、子どもが無意識に親を求める本能なのかもしれないな、とずっと思っていた。たとえ里親でも、親は親。たとえ本当の父親のことを覚えていたとしても、翡翠は紛れもなく、りっちゃんにとって父親なんだろう。

 私も、両親を亡くしてから数年間はよく夢でふたりを探していた。現実にはどうしたってお父さんお母さんと呼べるような人はいなかったから、そうするしかなかった。
だけど思えばあの夢があったから、私は現実を受け入れられたのかもしれない。

「……ねえ、りっちゃん?」

「んえ?」

「私は、りっちゃんのママになれるかなぁ」


 きょとんとしたりっちゃんは、「はへ?」と素っ頓狂な声を落とす。

 まさかそんなことを訊かれるなんて思ってもみなかったのか、言葉の意味をゆっくりと咀嚼してから飲み込むと、そのまん丸の瞳をさらに大きく見開いた。


「……真澄ちゃまが、六花のママになってくれるの?」

「う、うん。たぶん、カンペキなママには程遠いけど。でも、りっちゃんが私でいいなら、、今度は絶対にどんなときもりっちゃんを守るママになるって約束する」


 ──私には、多くの人やあやかしを守れる力はない。

 でも、せめて今こうして腕の中にいるりっちゃんだけは守りたいと心から思う。

 かくりよへ来たとき、笑顔で私を受け入れてくれたこの子を。

 私に『ママ?』と尋ねてきた、小さな小さな女の子を。


「もう、逃げない。こんなふうにひとりで泣かせない。りっちゃんが寂しい時は私がそばにいるし、りっちゃんが辛い時は私がぎゅーってするから」


 自分が誰かをそんなふうに思えることを、私はかくりよへ来るまで知らなかった。

 友だちも恋人も作らず、いつもひとりでこの世の不条理と戦っていた。