「でも、命より大事なものなんてないよ。もしりっちゃんが翡翠に見つけてもらえずに、そのまま犠牲になってしまっていたらって考えると、恐ろしい」

「真澄さま……」

「だってりっちゃんは何も悪いことしてないのに……っ」


 りっちゃんは、本当の両親のことを覚えているのだろうか。翡翠を無邪気な顔でパパと呼ぶあの子の記憶の中に……本当の父親の姿は、残っているのだろうか。

 いや、もし残っていたとしても、りっちゃんにとっては思い出したくないことなのかもしれない。今はここで何不自由なく暮らせているけれど、彼女に降り注いだ恐怖はきっとずっと消えないのだ。あんなふうに、震えが止まらなくなってしまうくらい。


「……大人ってなんだろうね、コハク」


 ああいう時こそ、そばにいなくちゃいけなかったのに。

 私はそれを、身をもって知っていたはずなのに。

 どうして自分が守ってあげる立場になった時、上手く出来ないのだろう。

 大人になってもこんなふうに悩んでばかりだ。結局、子どもの頃からなにも成長していないような気がする。いつもいつも、怖気づいて逃げてばかり。


「私、りっちゃんのところに行ってくるね」


 考えれば考えるほど、いてもたってもいられなくなる。私は乱れた着物と髪を整えて、腫れた瞼を少しばかり気にしながら、コハクと共にりっちゃんの部屋へ向かった。

 恐る恐るノックをしてみるも、返事はない。仕方なくそっと襖を開けて中を覗くと、広い畳部屋の隅っこで小さな体をさらに小さく丸めているりっちゃんの姿があった。

 胸がじくじく痛むのを感じながら、私はりっちゃんのもとへそっと寄り、出来る限り優しく声をかける。


「りっちゃん」

「っ……」


 弾かれるように顔を上げたりっちゃんは、私を見るなりその目に大粒の涙をためて勢いよく抱きついてきた。くしゃりと小さな手が私の服をつかむ。