◇
──それからどのくらい経ったのか、扉の向こうから小さく「真澄さま」と声がかかった。
今にも消え入りそうなほど遠慮がちなコハクの声に、応えようか一瞬迷いつつ結局返事をしてしまう。そっと扉を開けて入ってきたコハクは、泣き腫らした私の目を見るなり、ひどく悲しそうな顔をしてそばへ寄り、私の横へ恭しく膝をついた。
「……申し訳ありません、真澄さま」
「え……?」
「ボクに力がないばっかりに、真澄さまを泣かせてしまった。不甲斐ない──式神失格です」
どうしてコハクが謝るんだろう。私は慌てて体勢を立て直しながら首を横に振る。
「コハクはなにも悪くないでしょ? 私が勝手に塞ぎ込んで泣いてただけで……」
「いいえ、たとえどんな理由でも真澄さまが苦しい思いをされるのは嫌なのです。……いえ、それを避けるのが式神の仕事なのに出来なかったボクが悪いのですが」
「そんなこと……」
いくら主に忠誠を誓う式神とて、私はコハクに何かを命じたわけじゃない。
こんなふうに落ち込む必要なんてどこにもないのに、コハクはこういうときでも自分が悪いと責めてしまう。いつもそうだ。コハクは誰より、私を一番に考えてくれる。
「ボクは、あなたが泣いていると心が痛くてたまらなくなるんです」
その天使のような顔に、強い後悔をはらんだ影が落ちる。
「あの時、真澄さまが傷ついているとわかりながらも咄嗟に旦那さまに言い返せなかったのは、真澄さまが危険な目に遭うことをボクも望んでいなかったからです」
「……うん」
「でもボクは、あなたがずっとその力で苦しんできたことを知っています。たったひとりで、何年も孤独と戦っていたことも。だからあの場で、真澄さまがどんな思いをされているかわかっていた。……そう、ボクだけは」
ああ、そうか。ふと、引っかかっていたものが腑に落ちて息を呑む。
コハクはあの白ヤモリだったのだ。どこに行っても、何があっても、変わらず私のそばにいてくれた白ヤモリちゃんは、きっと私以上に私のことを知っている。