「六花、だと……?」
「んえ?」
自分の名前を呼ばれ、ぱちぱちと目を瞬かせながら振り向いたりっちゃんは、お客さんの姿を見るなり硬直した。その顔からまたたく間に血の気が引いていく。
「おまえまさか、あの六花か! そうだろ⁉」
「っ──!」
「ちょっ、何するんです! やめてください!」
大きな声を張り上げながら怒涛の勢いで駆け寄り、お客さんは時雨さんに抱かれたりっちゃんの肩を乱暴につかんだ。これには私もカッと頭に血が上る。
「なっ……! ちょっと!」
私はほぼ反射的にお客さんを突き飛ばし、ふたりの前に立ちふさがった。
しかし、そんな私を「邪魔するな!」と殴り倒そうとしたお客様。
振り下ろされた拳が顔に触れる寸前、間一髪のところで奥から飛び出したコハクが鳩尾に回し蹴りをお見舞いする。「ガフッ」と苦しそうな声をあげて、お客様は店の中をごろごろと転がっていった。
「……貴様、このボクの前で真澄さまに手を挙げるとは余程死にたいようだな。安心しろ、次で仕留めてやる」
空気ごと地獄に落とすようなコハクの声に、壁に激突して止まったお客様は顔面蒼白でさらに後ずさる。コハクの手にはいつの間にか小刀が握られていた。
しかし、琴線に触れたのはなにもコハクだけではなかった。
「……殺してやるな、コハク。心配しなくても今すぐ牢獄送りにして一生拷問の刑に処してやる。こいつが手を出した者がどれだけの価値があるものなのか、その穢れた魂に教えてやらねばなるまい」
怒りを顕にした翡翠に乱暴に胸ぐらを掴みあげられ、彼は「ひぃっ」と声にならない悲鳴をあげる。店内の空気が極寒と化し、並々ならぬ緊張感がほとばしる。
けれど、そんなお客様よりも、一層怯えていたのはりっちゃんだった。
いつもの健康そうに赤らんだ頬は見る影もなく、血の気をなくした顔で見てわかるくらいにぶるぶると震えている。私は時雨さんからりっちゃんを受け取って、もう誰にも触れさせまいとぎゅっと抱きしめた。