「──座敷族、だと……?」


 その声はあきらかに先ほどの営業用のものではない。いや、それどころか私がこれまで聞いた中で一番低い声だ。どうしたのかと私は身を乗り出す。


「……ああ、そうか。おまえは座敷村のやつか。てっきり瘴気の元がある枝垂れ村の方だと思っていたが」


 突然、声色と口調を変えた翡翠は、一瞬にしてその場の空気を凍りつかせてしまうくらいに冷気を孕んでいた。ひどく激しい怒りもこもっている。

 お客さんもさすがに驚いたようで「へえ……?」と間の抜けた声を出して、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。

 隣の時雨さんでさえ珍しく目を見張っていたが、凝視していたのは翡翠ではなく何故かお客さんの方だった。意味が分からない。座敷村とはなんなのだろう。


「枝垂れ村に比べれば、それほど被害は出ていないはずだ。それに、子どもだなんだと言ってはいるが、結局は古くからのしきたりに縛られたジジイ共ばかりの村だろう。今残ってる子供なんて、ほんの数人しかいないと報告が入っているが?」

「なっ……」


 あまりの翡翠の豹変ぶりに、私も呆気にとられてしまう。

 明らかに客に対する態度ではない。お客さんもみるみるうちに赤くなり、相手が官僚だということも忘れて声を荒げようとした──その時だった。


「……真澄ちゃまぁ? 六花とあそんでぇ」


 可愛らしい小さな声が、ピキンと凍りついた空間に場違いに響く。

 ぎょっとして振り向けば、奥の部屋でお昼寝をしていたはずのりっちゃんが、寝ぼけ眼のまま上がり框に立っていた。その後ろには、お世話を任せていたコハクの姿もある。申し訳なさそうな顔をして、コハクは肩をすくめた。

 りっちゃんはおぼつかない足で私の元までやってくると、ぎゅうっと腰に抱きついてくる。まだ寝ぼけているのか、寄りかかってくる小さな体を受け止め慌てて膝を折る。目線を合わせれば、今度は私の首に抱きついてきた。


「起きちゃったの?」

「すみません、真澄さま……。引き留めておくのも限界でした」

「ううん。ありがとうね、コハク」


 寝癖のついた小さな頭を撫でながら、そろりと翡翠の様子を窺う。
怒ってるかな、と思ったら、なぜかこれまでに見たことないくらい焦ったような表情を浮かべて、こちらを振り向いている翡翠。

 ──え、なんなの?

 目で何かを促してくるけれど、何を伝えたいのかいまいち汲み取れず眉を顰める。

 困惑する私よりも先に視線の意味に気づいたらしい時雨さんが、りっちゃんを素早く抱き上げ、奥の間に移動しようとした……刹那のことだった。

 数拍早く、お客様が思いがけないことを口にした。