「……また面倒な客がきたもんだな」


 私が用件を伝える前に、翡翠はため息混じりに呟いた。


「聞こえてた?」

「嫌味なくらいな」


 苦々しい口調の翡翠に苦笑する。

 確かに、あれだけ大声でまくしたてていたら、ここまで届いていても不思議じゃない。

 この調子だと私の部屋で昼寝中のりっちゃんが起きてしまいそうで、少し心配になる。

 まあ、そばにはコハクが付いてくれているから、なにかあればすぐに知らせてくれるだろうけど……。


「まったくマナーもへったくれもない客など、門前払いも同然なんだがな」


 翡翠はかったるそうに立ち上がると、私の横を通ってスタスタと廊下を歩いていく。

 片付けたいのは山々だが、あまり本人のいない中でいじるわけにもいかない。バランスを崩して倒れそうになっている書類をいくつか整えてから、私も後を追いかけた。

 店に戻ると、すでにお客さんと翡翠の交渉は始まっており、私は後ろで待機していた時雨さんの隣に並んだ。 ありがとうございます、という囁きに頷いて答える。

 ちなみに〝官僚〟が現れた瞬間に態度をころっと変えたらしいお客さんは、翡翠を前にしてさっきの態度はどこへやら、ガチゴチに固まってしまっていた。

 だから言ったのに……と私と時雨さんは顔を見合わせて、二人揃って嘆息してしまう。


「ですから、統隠局の方にもきちんと話は通ってますよ。放置しているわけでもありません。現在対策会議中だとお伝えしたはずですが」


 あまりに整った顔に浮かぶ不自然な営業スマイルが、なおのこと空気をひりつかせる。意図的なのかそうでないかは分からないが、やっぱり翡翠に接客は向かない。


「それはそうなんですけれども……官僚様、早急にどうにかしてくんねえとワシら村の住民みんな滅んじまいます。対策とかの段階じゃねえんですよ」


 その話の内容からはいったいどんな依頼なのか、私にはいまいち想像がつかない。
しかし、とにかくなにかが原因でどこかの村に『滅んでしまう』ほどの重大な被害が出ていることだけはわかった。先ほどの今にも殴りかかってきそうな勢いすらなくなれど、相当に切羽詰まっているのは伝わってくる。