「もういい、あんたじゃ話にならん! 店主を出してくれ! 今すぐだ!」
「ですが……良いのですか?」
「なにがだよ! いいから早く出しやがれ!」
物腰が柔らかく優しい時雨さんが下手に出ているぶん、強気になった客たちはたいてい店主を出せと言ってくる。いつもの流れだ。
最近は慣れてきたけれど、最初は私もびっくりしてしまったもので。
「すみません、真澄さん。翡翠を呼んできてもらってもいいですか?」
「それは構いませんけど……良いんですか?」
店主である翡翠が直接依頼を受けると、客側が恐縮してしまって上手く話を進めることが出来ないために、あえて時雨さんが接客対応をしているのに。
だいたいこの後の展開が想像出来るがゆえに、時雨さんの後ろで帳簿をめくりながら聞き耳をたてていた私は、小さくため息をつきながら一応確認する。
「お客様がこう仰られている以上、仕方がありません。どちらにしてもこの件は自分の手に負えませんから、あとは店主に任せるとしましょう」
あんなに理不尽に怒鳴られても、時雨さんはちっともショックを受けた様子はない。
何事も慣れなのだな、と感心しつつ、私は部屋で事務仕事をしているだろう翡翠を呼びに行く。
相変わらずだだっ広い屋敷なので、とにかく部屋まで遠い。
ようやくたどり着き、外から声を掛けて部屋の中に入る。げっと足を止めた私に、振り返った翡翠が一瞬だけ気まずそうな顔をした。
いつものことだけれど、あちこちに書類が積み上げられて散乱している室内。ゴミがあるわけではないので汚部屋とまではいかないものの、なかなかに足の踏み場がない。