「泣きたいときは泣けばいいさ。それが人の子の、最も愛するところだろう」
「なに、それ。どういう意味?」
「なに、深い意味などないさ。真澄は泣いていても可愛いなと思っただけで」
「っ、またそういうことを平気な顔で……」
つい照れて突っかかりそうになるけれど、翡翠のいつになく柔らかな眼差しからは目を逸らせない。出会った時から私をこうして離れられなくしてくるのは、もしかして縁結びの神さまの力なのだろうか。
「……しかし騒がしいな。おちおち真澄を慰めてやることも出来ん」
幸せ、とか。温もり、とか。
そういうものを触れた指先から私の中に直接流し込んでくるから、本当に困る。
「ったく、お嬢に泣かれるとかどんだけ嫌われてんだよ、坊主。許嫁とか絶対ウソっぱちだな? やっぱ攫ってきたんだろ。間違いねえな」
「まあまあ、浅葱さん。色々あるんですよ、翡翠にも」
「パパちゃま⁉ 真澄ちゃまをいじめたら、六花が許さないんだからね!」
「あらあら、ふふっ微笑ましいこと」
「真澄さまに気安く触れるなど……式神であるボクをさしおいて……」
どんちゃか、どんちゃか。個性豊かすぎるメンバーに囲まれていたら、なんだかどんどん涙が溢れて、取り返しがつかなくなってきた。年甲斐もなくわんわん泣いていたら、周りのお店の人たちも何事かと顔を出し始める。
「ああもう、うるさい。散れ! 俺と真澄の時間を邪魔するな!」
さすがにブチッとキレたらしい翡翠が、私を懐に引き寄せながら声を荒らげるが、いつものことながら誰も気にしない。茶化す声も冷やかしも止まらない。けれどその中に、確かに翡翠に対する愛情を感じるのはきっと気のせいじゃないだろう。
この通りのみんなは、神さまだろうが妖怪だろうが仲が良い。
そしてみんな、もれなく翡翠が大好きなのだ。
──夕暮れ時。空が橙から淡い藍に変わる頃、混じりあった空にはぽつぽつと小さな星が浮かんでいる。もうすぐ、陰の気を好む妖怪たちの時間だ。
「しゃーねえ、みんな今日は店を休んでうちに来い。こういう時は飲まねえとやってらんねえからな。いっちょお嬢の歓迎の宴といこうじゃねえか!」
いったい何がやってられないのかは分からないけれど、辺りからヒューヒューと歓喜の声があがる。ここに住むあやかしたちの明るさは、それだけで一興、また一興だ。