「よし、こんなものかな」

「真澄さま、お荷物をこちらへ」

「え、平気だよ。重いし」

「重いからこそですよ。この姿になった今、そんなものを真澄さまに持たせるわけにはいきません。式神なんですから、遠慮なさらずボクに任せてください」


 有無も言わさず、穏やかな顔でぱんぱんになったリュックを取り上げられる。

 その小さな体でよく持てるなぁ、と感心しながら「ありがとう」と笑うと、コハクも嬉しそうに微笑み返してくれた。式の本能なのか、それともコハクだけなのかは分からないが、どうも頼られると嬉しいらしい。

 しっかりと窓と鍵を閉めて戸締りし、私はコハクと共にとんぼ返りで神社へ戻る。

 早足で参道を上がっていくと、浅葱さんと姫鏡が仲睦ましげに話しているのが見えて、思わず足が止まった。どこか姫鏡の頬が赤く染っているような気がするのは気のせいか。いや、あの浅葱さんでさえ、どこか照れたような顔をしている。

 ……いったいこの数分間でなにがあったんだろう。

 コハクも同じことを思ったのか、ふたりして顔を見合わせて吹き出してしまった。

 ――と、こちらに気づいたふたりが慌てたように距離をとったが、もう遅い。

 あからさますぎだよ、ふたりとも。


「お、おう、もういいのか?」

「はい、大丈夫です」

「そうか。じゃあ、帰るぞ」


 あまり触れられたくないんだろうな、と心中を察しつつ、私はふたたびコハクと顔を見合わせて苦笑した。ここで根ほり葉ほり聞くのは野暮というものだろう。

 相性が合う人というのは一緒に過ごした時間とは関係なく、出逢ってすぐに打ち解けられるものだ──と、幼い頃、祖母に言われたことがある。

 私が生まれた時にはすでに祖父はいなかったし、どんな人なのか聞いたこともなかったけれど、今になって聞いておけば良かったと少しだけ後悔した。


 だってもしかしたら、私と同じようにかくりよで過ごしていたことのある祖母も、昔はあやかしと恋をしていたかも……なんて、私は違うけど!

 そんなことを考えていたら、いつの間にか浅葱さんがかくりよへの扉を呼び出していた。


「ほれ、帰んぞ。忘れもんはねえな?」


 数日前、ここでガチゴチに緊張しながら翡翠とかくりよへ渡ったことを思い出す。

 たった数日なのに──いや、この数日が私にとってとても心地良いものだったから、うつしよで過ごしていたのがもうずいぶん昔のことのように思えるのかもしれない。

 コハクが「真澄さま」と小さく私の名前を呼んだ。

 大丈夫ですか?と心配そうに首を傾げられ、きっとこれまでもずっとこんなふうに私の身を案じてくれていたんだなと思うと少し笑ってしまう。


「さて、準備はいいか。」

「大丈夫ですわ」

「構いません」


 止まっていた時間が動き出す。かくりよへ渡るときは、いつもそんな予感がする。

 きっと、こんなふうに変わっていくのだ。環境も、想いも、背負うものも。


「うん、帰ろう。──かくりよへ」


 それが良い変化かなんてまだ分からないけれど、少なくとも今はまだこれでいい。

 こんな私を受け入れてくれる場所が、この先にあるのは確かだから。