「姫鏡は〝なりかけ〟だったんだよ。付喪神のな」


 はあ、とため息をつきながら浅葱さんが口を開く。


「付喪神? ……ええと、古い物が神さまになるあれですか?」

「ああ。とはいっても、歴史あるもん全てがなれるわけじゃねえし、元々その素質はあったんだろ。付喪神ってのは神の中でも特殊な部類だかんな」


 私も一応、陰陽師の末裔だ。その存在について聞いたことくらいはある。

 付喪神──別称、九十九神。その名の通り、長い年月を経た物に命が宿ることで生まれるそれは、扱いによって禍を呼ぶこともあれば、幸をもたらすこともあるとされている。


「まあ十中八九、お嬢と一緒にかくりよに来たことで気を吸収し、覚醒を促進しちまったんだろ。どうも付喪神にしては異様な力をぷんぷんさせてたから、ついでにどうにかしちまおうと思ってたんだが……」


 姫鏡のうふふという笑い声に遮られ、浅葱さんはつられたように苦笑する。


「まさか、人型に化けれる付喪神とはな」

「さっき真澄ちゃんから溢れた霊力を浴びたのです。気づいたらこの姿になっていて、目の前に真澄ちゃんがいました。こんなにもリアルな真澄ちゃんが」

「お嬢を見た途端いきなり走って逃げ出すから何事かと思ったぞ。木の影に隠れたと思ったら丸まったまま出てこねえし、てっきり具合でも悪いのかと」

「そりゃそうですわ。最推しが突然目の前に現れたら、誰だって混乱して逃げだしたくもなります。今だって思いっきり抱きついて気の済むまで擦り寄りたいですもの」


 はわーんと両頬を手で包み込んだ姫鏡。

 私がぎょっとする傍らで、ふたたびコハクが静かな殺意を孕んだのがわかった。これにはさすがの浅葱さんも顔を引き攣らせながら、わざとらしく咳払いする。


「ま、まぁとにかく、これで全部無事に解決したわけだ。さっさとかくりよに戻るぞ」

「あら、それはわたくしもよろしいので?」

「そりゃあな。そもそも、ほぼ付喪神になりかけの状態で渡界出来たんだ。人型になれるほどとは思っていなかったが、あんたレベルの付喪神はかくりよの方が合ってるだろうよ」

「ふふ、これでもずいぶん年季の入った鏡ですからね」


 若作りですわ、と意味深に微笑む姫鏡を、浅葱さんはぶるっと震えながら凝視した。

 そんなふたりを交互に見て少し気後れしながらも、私は「あの」と声をかける。