紫がかった艶めく髪を腰まで緩く結い、ややふっくらとした頬を涙で染める彼女は、私と目が合うと「あらやだ」と両手で顔を覆ってしまった。何を恥ずかしがっているのか、ほんのりと赤みを帯びている耳。そっと指の間から覗かせた瞳はうるうると潤んでいる。
初対面のはずなのに妙な懐かしさを感じる一方、身の危険を察知して、私は戸惑いながらコハクの後ろに隠れた。敵じゃないと浅葱さんは言っていたけれど、あんなふうに突然抱きつかれたら、さすがに警戒せずにはいられない。
「──命を貰ったことも、声を貰ったことも驚いたのに、まさか人と同じ体を貰えるなんて思っても見ませんでしたわ。本当に、こんなことがあるのですね」
「命を、貰った……?」
いったいどういうことだろう。
ただでさえコハクに三十年分くらいの驚きを持っていかれたばかりなのに、これ以上驚かないといけないなら、私は今すぐにでもかくりよに帰りたい。
そんなことを本気で考えたら、ふたたび彼女の潤んだ瞳に囚われた。私は心の中で悲鳴をあげる。
「最推しの真澄ちゃんとこうして話せる日がくるなんて、まさに夢のようです。アイドルの握手会に参列する人はこんな気持ちなのでしょうね。ああ、胸がいっぱいですわ。今すぐ死んでも構わないくらい」
「妙なこと言ってねえで、ちゃんと自己紹介したらどうだ。そろそろお嬢の頭がオーバーヒートしちまうぞ」
「そうでした。つい、いつもの調子で。……けれどね、真澄ちゃん。わたくしたち、初めましてではないのですよ。むしろ毎日こうして顔を付き合わせてお話していましたわ。ええ、一方的にですけれど」
毎日顔を付き合わせて、なんて申し訳ないが、そんなことをしていた覚えはからっきし無い。
そもそも最近は……かくりよへ旅立つ前は、しばらく誰とも会っていなかったし。
「真澄ちゃんがお分かりにならないのも当然ですわ。この姿で対面したのは初めてですし」
「この姿、ってことは」
「ええ。わたくし、姫の鏡と書いて姫鏡と申します。そうね、真澄ちゃんの御先祖様から受け継がれてきた手鏡、と言えばお分かりになるかしら」
「手鏡……?」
そうですわと、にこやかに姫鏡は頷く。
手鏡と言われて出てくるのはひとつしかない。昔、祖母から貰ったもの。裏面に綺麗な藤の絵が描かれた手鏡だ。祖母が亡くなってからは形見として持ち歩いていたものでもある。
慌てて鞄の中を引っ掻き回して探す。けれど、確かに常時携帯しているはずの手鏡はどこにもなく、私は信じられない思いで姫鏡を凝視した。