「んで、お嬢はどこからきたんだったか? うつしよの出口は、こっちと違ってひとつじゃねえからな。指定しないと、とんでもねえとこに出ちまうぞ」
「出口……は、安房響神社、かな。たぶん」
「よし、じゃあそこに繋ぐぞ」
永遠桜の前に立ち、浅葱さんが小声で呪文を唱えると、瞬く間に桜の花びらが私たちを包み込んだ。桜の木の力を借りて世界を渡る。考えてみればロマンチックかもしれない……なんて関係のないことを考えながら、私は胃が持ち上がるような浮遊感に耐える。
まばゆい光にぎゅっと目を瞑りこらえていると、ややあって「お嬢」と私を呼ぶ声が聞こえた。恐る恐る瞼を持ち上げれば、そこは見知った景色。安房響神社だ。
「もう着いたんだ……渡るのはあっという間ですね」
数日ぶりに帰ってきた安房響神社は、とくに何も変わり映えせず、いつものように人気のないひっそりとした鎮守の森に包まれている。
ここは木々の間からこぼれる木漏れ日だけが頼りの薄暗い神社がゆえに、あまり参拝者もない。たまに興味本位で子どもたちが遊びにきては、森の外れで基地作りに励んでいたりすることがあるくらいだ。
「さて──順を追って説明やりたいところだが、あいにくと得意じゃねえもんでな。簡潔にいう。……お嬢、式神黙示録は持ってきてるな?」
「持ってきてます……って、さっきも思ったんですけど、なんで知ってるんですか?」
「翡翠の坊主から聞いた」
なるほど、そういうことか。
式神黙示録のことは、誰にも言わないようにしていた。あやかしにとって、人の操る式神は一つの脅威にもなり得ると翡翠に教えてもらったから。
その翡翠からの頼まれごととなれば、確かに知っていてもおかしくない。
「まぁとにかく、その黙示録のなかに一枚だけどこかしら破れたもんがあるだろ?」
「あ、これですよね。私もこの間ちょっと気になったんです」
最後のページを開いてみせると、それを見た浅葱さんは神妙な顔で頷いた。
「ああ、しかしこりゃずいぶん前から切れてるな。この中途半端な状態で、よく自我を保ててるもんだ。相当高位な式神なんだろうよ」
「自我……?」
それは、えっとつまり、どういうことだろう?
「この式神黙示録は本来、お嬢の先祖から代々受け継がれてきたもんなんだろ? 当然、持ち主が式神にとっての主となるはずだ。だが──」
どうも解せないとでも言いたげに、浅葱さんは苦笑する。