「……浅葱さんも、なにか忘れたいことがあるんですか?」
「あ? そりゃ生きてりゃ、忘れたいことの一つや二つ……いや、待て、ねえな。そういやオレぁ、酒で大抵のことは忘れちまうんだったわ」
ガハハとひとりで満足したように笑う浅葱さんにツッコミをいれていたら、永遠桜がだいぶ近くに見えてきた。やっぱり空を飛ぶと格段に移動が早いらしい。
大門の手前に降り立った浅葱さんは、慎重に私を石畳の上におろすと懐から木板のようなものを取り出した。覗き込んで見れば、端麗な墨字で〝通行証〟と書かれている。
そういえば翡翠も、通行許可証がなんとかって言っていたっけ。
「こいつぁ、お偉いさんしか発行出来ねえ貴重な代物でな」
「お偉いさんって、その」
「あぁ、翡翠の坊主も然り、官僚様方よ。要は永遠桜の咲く聖域に入るための鍵みたいなもんだ。渡界するには必ず必要になる。まあ、たとえこれがあっても渡界に耐えられる力がなけりゃ何の意味もないが──ちょっくら、見てろよ」
浅葱さんは慣れた様子で通行証を大門の前にかざす。と思ったら、次の瞬間には淡く光を纏い始め、『通行証』の文字が木板から剥がれ、ふわりと宙に浮かび上がった。
「うわぁ……っ」
やがてパンッと小さな音を立てて弾けたそれは、光の粉となって空気に散り、代わりに鳥居がぱあっと朱く発光し始めた。見れば、木板に書かれていた『通行証』の文字は綺麗さっぱり消えている。これはもう……効力がないってことかな?
一連をぽかんとしながら見ていた私を覗き込んで、浅葱さんはくつくつと笑った。
「驚いたか?」
「は、はい。あの今のは?」
「永遠桜ってのは、特別なもんなんだ。目には見えねえが、この周りには厳重な結界が張ってあって、通行証無しじゃ入れない仕組みになってる。その通行証も明確な理由がないと発行されねえ。オレも滅多なことがない限り渡らんしな」
たしかに、翡翠もうつしよでの仕事を一定期間ためこんでから一度に解決しているみたいだった。私はいつでも帰れるって言っていたけど、それは翡翠が通行証を発行出来るから、という意味なのだろう。思っていたよりも簡単には渡れないのだと知ると少し複雑だ。