大学を卒業し、ここ桜雅坂町でひとり暮らしを始めてから早くも一ヶ月。
――おじさんたち、元気にしてるかな。
十年前、交通事故で両親と祖母を亡くした私を引き取ってくれた荻野さん夫婦のことを思いながら、私はわずかばかり肩を落とす。
近親に頼れる存在がなく、文字通り行き場をなくしていた私を快く引き取ってくれた遠縁のおじさんたちは、こうして巣立つまで本当に大切に育ててくれて。
ようやく独り立ちした今、少し寂しくも思う傍ら……。
「……私ったら、何やってるんだろ」
大学を卒業したら就職をする。そんなごく一般的な進路に進めなかったのは、もちろん理由がある。しかしどんな理由であれ、こんな私に膨大なお金をかけてくれたおじさんたちには、結果的に恩を仇で返すような形になってしまったことに変わりはないのだ。
心優しい二人は、その理由すら言えない私に『自分の好きなように生きなさい』と何も聞かずに背中を押してくれたけれど、正直もう合わせる顔がない。
巣立つまではと、おじさんたちが断固として使わせて貰えなかった両親の遺産で生活をしている今、なおのこと早く身の置き場を決めなければいつまでも心配をかけてしまう。
ふたたび嘆息しそうになったその時、ふと手元にひんやりとした何かが触れた。驚いて視線を落とすと、窓縁の影からひょこりと顔を覗かせる真っ白な顔がひとつ。
「って、なんだ……白ヤモリちゃんか。おはよう」
反射的に硬直していた身体から力を抜き、ホッと安堵の息を吐く。きょとんとしている白ヤモリを手のひらに乗せて胸の前まで持ち上げると、自然と口元がゆるんだ。
頭の先から尻尾の先まで丸みを帯びたフォルム。宝石をはめ込んだような琥珀色の瞳。なにより雪のように真っ白な身体。まるでこちらの言葉がわかっているかのような反応をするし、存在自体がどこか神秘的なものを感じさせる不思議な子。
白ヤモリはその珍しさから一般的に『幸運を呼ぶ』とされている。まあ私に幸運が舞い込んでいるかはさておき、この子は私にとって少しばかり大切な存在だった。