◇
「よう、お嬢」
かくりよで過ごし始めてから、数日後のある日のことだった。
ちょうどお昼を過ぎた頃、がらんどうだった柳翠堂にようやくやってきた今日一人目のお客さんに、私は帳簿から顔をあげて「いらっしゃいませ」と立ち上がる。
長身でやや浅黒いながらも引き締まった体に、黒と赤のバランスが絶妙な独特の和装をまとった彼は、浅葱さんという。見た目だけならダンディなおじさまだが、その背中には闇で染めたような黒い翼が生えている。
そう、人の姿に化けてはいるが浅葱さんの正体は高位妖怪の烏天狗なのだ。
数日前、ただ居候させてもらうのも心苦しく、柳翠堂の手伝いを願い出た私。
二つ返事で了承してもらい慣れない店番をしていたところ、最初にやってきたお客さんが浅葱さんだった。それからというもの、浅葱さんは毎日のようにお店にやってくる。だからといって、特に依頼を持ってくるわけでもなく、ただふらりと立ち寄っては世間話をして帰っていく、ちょっとばかし不思議な常連客だ。
「今日ははやいですね。いつもは夕方頃なのに」
ちなみに浅葱さんはこの弥生通りで唯一の居酒屋を営んでいる。
日が暮れてから開店し、毎日のように朝方頃まで夜に活発な妖怪たちの相手をしているため、普段この時間は睡眠をとっているはずなのだが……。
「よう、お嬢」
かくりよで過ごし始めてから、数日後のある日のことだった。
ちょうどお昼を過ぎた頃、がらんどうだった柳翠堂にようやくやってきた今日一人目のお客さんに、私は帳簿から顔をあげて「いらっしゃいませ」と立ち上がる。
長身でやや浅黒いながらも引き締まった体に、黒と赤のバランスが絶妙な独特の和装をまとった彼は、浅葱さんという。見た目だけならダンディなおじさまだが、その背中には闇で染めたような黒い翼が生えている。
そう、人の姿に化けてはいるが浅葱さんの正体は高位妖怪の烏天狗なのだ。
数日前、ただ居候させてもらうのも心苦しく、柳翠堂の手伝いを願い出た私。
二つ返事で了承してもらい慣れない店番をしていたところ、最初にやってきたお客さんが浅葱さんだった。それからというもの、浅葱さんは毎日のようにお店にやってくる。だからといって、特に依頼を持ってくるわけでもなく、ただふらりと立ち寄っては世間話をして帰っていく、ちょっとばかし不思議な常連客だ。
「今日ははやいですね。いつもは夕方頃なのに」
ちなみに浅葱さんはこの弥生通りで唯一の居酒屋を営んでいる。
日が暮れてから開店し、毎日のように朝方頃まで夜に活発な妖怪たちの相手をしているため、普段この時間は睡眠をとっているはずなのだが……。