さらさらと私たちの髪を優しく攫った風に乗って、どこからか小さな桜の花びらが舞い落ちてきた。朝の湖畔のように澄み渡った空気のなか、雲が晴れて柔らかい日差しが私と翡翠の間にゆっくりと差し込む。春が終わるのは、もうすぐなのかもしれない。
やがて、小さくほっとしたように息を吐いた縁結びの神さま。
その人間離れした美麗な顔に、見惚れるほどの優しい微笑みを浮かべた。
「神の名においてここに誓おう。──未来の俺の嫁として、真澄をかくりよへ歓迎する」
次の瞬間、どこからか現れた金色の糸が私と翡翠を八の字に囲んだ。驚いて固まる私のなかで、満面の笑みを散らしたりっちゃんがきゃっきゃとはしゃいだような声を上げる。
「今、言葉の契約を交わした。これはそれによって生まれた俺と真澄の縁を繋ぐ糸。普段は見えないが、生きとし生けるものの間にはこうしてたくさんの糸が生まれていく。人でもあやかしでもそれは変わらない。不思議なものだろう、真澄」
ふわりと解けるようにして消えた糸を見ながら、翡翠は遠い空へと目をやった。
蒼穹に浮かぶいくつもの惑星。この世界は、縁結びの神さまの目にどんなふうに映っているのだろう。うつしよもかくりよも、やはり同じように美しいと思うのだろうか。
「──さて、話も落ち着いたようですし、そろそろ朝ご飯にしましょうか。せっかく真澄さんが作ってくれたのに冷めてしまってはかないませんから」
取り仕切るように言った時雨さんの言葉に、そういえば火を任せっきりにしていたことを思い出す。積み重なったあまりの衝撃ですっかり頭から消し飛んでいた。
「そうだった、朝ご飯まだ作り途中……っ」
「あとはご飯をよそうだけにしておきましたから大丈夫ですよ。鮭も美味しく焼き上がりました」
「あぁ、すみません……ありがとうございます、時雨さん」
なにからなにまで、本当に気が回る人だ。この家の家事炊事は全て時雨さんがひとりでこなしているというし、もはや立派な主夫……いや、この場合家政夫だろうか。
お腹すいたーとニコニコ笑うりっちゃんと時雨さん、そして支度を終えた翡翠も加えて食卓についた時には、もうよろず屋の開店一時間前になっていた。
朝食を食べ終わったあとは、すぐに開店準備だろう。しかし特に急ぐ様子もないのは、そもそもあまりお客さんがこないかららしい。
さらりと言う翡翠に苦笑しながら、四人で手を合わせる。
「──いただきます」