「真澄ちゃまっ」

「お、おはよう、りっちゃん」


 あやうく受けとめながら、私はりっちゃんを抱き上げた。外見こそ四歳くらいだけれど、見た目ほど重くないため、私でも余裕で抱っこすることができる。


「まったく……遅いからまさかと思ってきてみたらこれですか。昨日の今日だというのに、さすがに手が早いですよ、翡翠。呆れてものも言えません」

「ご、誤解するな。別になにもしてない」

「ほう? そんなにもはち切れそうなほど真っ赤になっている真澄さんを前に、よくもまあ。白々しいにもほどがありますね。一度氷点下の雨にでも打たれてみますか? 氷柱の雨というのもなかなか刺激的で頭が冴えわたると思いますよ」

「物騒なことをいうな。おまえがいうとシャレにならん」


 物腰は柔らかながら切れ味抜群の刃で容赦なく斬り捨てる時雨さんに、珍しくたじたじに狼狽える翡翠。どちらの立場が上なのかわからない。傍から見ればおかしな関係だ。

 思わず「仲良いんだね」と笑うと、ふたりは面食らったように私の方を向く。


「別に仲良くはありませんよ」

「そうだぞ、真澄。これのどこが仲良く見える? ただのいじめだろう」


 そういうところなんだけどなあ、という言葉は飲み込んで、私は改めて翡翠に向き直った。

 こんなじゃれあいの中でも、今ほんの少しだけ、彼らの心が見えたような気がしたから。


「あの、正直まだはっきりとは言えないけど……。でも、もっとかくりよのことを知りたいし、全然知らないのにまだ答えは出せないかなって。その、翡翠のこともね。だから、心が決まるまでもう少しだけここにいたい……んだけど」


 翡翠の目が大きく見開かれる。心臓の音が空気に混じって聞こえてしまいそうだ。


「──翡翠。あなたの〝許嫁〟として、私がここにいることを許してもらえますか?」


 真っ直ぐに、その銀色の瞳の奥を見つめる。