「だって、結婚っていうのは好きな者同士が……愛し合っているふたりがするものでしょ? 神さまの結婚に対する概念はわからないけど、少なくとも人間はそう。いくら翡翠が優しい縁結び神さまだったとしても、自分を犠牲にして私と結婚だなんて」

「……それは、俺との結婚が嫌だという意味か?」

「い、嫌だとかじゃなくて申し訳ないの。いくら神さまだって、翡翠にはちゃんと好きな人と結婚して幸せになってほしいから」


 至極当然のことを言ったつもりだった。

 仮にも縁結びの神さまなら、それくらい分かるだろうと思って。

 なのに翡翠は、思わぬことを言われたとでもいうように、きょとんと目を瞬かせて不思議そうに目線を落とす。わずかに眉根が寄せられ、どこか思案気な眼差しが私を物色する。


「つまり、俺が真澄を好きなら問題はないと?」

「へっ? え、いや、それは……」

「今の話だと、ようは俺が真澄を愛していれば良いのだろう? ならばそこは問題ない。俺はずっと昔から真澄が好きだし、おまえの言う恋愛的な意味で愛しているからな」

「は……」


 ──はい? え、今なんて言った、この神さま。


「正直なところ、先に話した弥生との契約とはなんの関係もなく、いずれは俺の独断でこちらへ連れてきてしまいたいと思っていた。無論、強制するつもりはなかったが」


 それはそれで別の手段を、となにやら不敵な微笑みを向けられて、私は瞬く間に耳の先まで真っ赤に染まる。あまりに突然の告白にまったく思考がついていかない。


「しかし、そうか。好き同士とならば、真澄にも俺を好きになってもらわなくてはならないのか。ふむ、そちらは少々問題だな」


 どうしたものかと翡翠は真面目に考え始める。さきほどの傷ついた顔はいったいどこへ忘れてきたのか、今の翡翠の顔は見るからに嬉々としていた。問題、なんて言葉とは裏腹に、むしろ希望しか見当たらない表情。思わず私は全力で待ったをかけた。


「ひ、翡翠? 何を勘違いしてるのかわからないけど、私は結婚する気なんて毛頭……」

「まあ今すぐに婚姻とは言わないさ。しばらくの間なら〝許嫁〟で通るだろうし、その間に真澄に俺と結婚したいと思わせられれば良いのだろう? 久しぶりに腕がなる案件だ」

「ちょ、ちょっとストップ! いつの間に結婚する前提に……っ」

「ん? なんだ、違うのか?」

「ぐっ……ち、ちが」


 ──ちょっと落ち着こう、私。

 先ほどの翡翠の話からして、もし今ここで違うと言ってしまえば、私はもうかくりよにはいられなくなってしまうのではないだろうか。