「あ、お、おはようございます」


 流しを身にまとった時雨さんの傍らには、まだ眠気まなこのりっちゃんの姿。明らかに寝起きなんだろう。首をこくりこくりとさせて、朝から非常に可愛い。今にも立ったまま寝ちゃいそうだなぁ……なんて微笑ましく思っていたら、頭がぐらりと後ろに傾いて。


「り、りっちゃん!」


 思わず駆け寄って受け止めると、りっちゃんは「んあ?」と寝ぼけながら、まるで子猫のようにすりすりと擦り寄ってくる。

 ──かわっ……可愛い……っ!

 ずきゅん、とあっけなく心臓を撃ち抜かれる。はい、ノックアウト。


「まだ眠いねー。おいで、りっちゃん」


 りっちゃんを抱き上げて、ふふっと笑う。ああどうしよう。朝から幸せだ。


「すっかり真澄さんに懐きましたね」

「嬉しいです、こんな風に甘えてくれるの」


 自分があまり甘えられる立場にいなかったからか、こうして素直に甘えてくれる子どもと接するとどこまでも甘えてほしいと思ってしまう。否、甘やかしたい。


「自分や翡翠にもそこまでべったりすることはないのですが……。やはり女の子同士だからでしょうか。六花には良い刺激だったのかもしれません」


 微笑ましそうにりっちゃんの頭を撫でて、時雨さんは台所の様子に目を配る。


「お手伝いしようと思ったのですが、この分だと遅かったようですね。すみません」

「ああいえ、少し早く目が覚めたので……。こちらこそすみません。あの、うるさかったですよね。もしかして起こしちゃいました?」


 不安になって尋ねると、時雨さんは「いえ」とゆるゆる首を振る。


「今日は久しぶりに長く寝かせてもらいました。ありがとうございます」

「そんな、これくらいどうってことないですから。むしろ楽しかったです。こういうの久しぶりだし……それになんだかここ、昔住んでいた祖母の家に似ていて」


 翡翠の家は、とんでもなく広い玄関先のスペースで柳翠堂のよろず屋を開いており、店の奥はそのまま住居スペースが広がる造りになっている。

 この通りに並ぶ平屋の中では断トツに大きく敷地面積が広い。部屋はいくつも余っているし、中庭には驚くほど完成度の高い日本庭園が施されているし、外見といい内装といい、まるでいつかの時代劇で見た武家屋敷そのものだ。

 昔よく遊びに行っていた祖母の家もこんな感じだった。賀茂の本家にあたるその家は、祖母と両親の没後に名義としては私に受け継がれたものの、実際に取り仕切っているのは顔も名前も知らない遠い親戚だと聞いている。なにぶん継いだ当時は未成年だったし致し方ない。もちろんいずれは、きちんと引き継ぐべきなのだろうけど。