「翡翠の旦那! なにさ、あんた帰ってたのかい!」
「しかもやったらめんこい子連れてんなあ。どうした、旦那ほどの堅物が珍しい」
「人の子っすよね? 旦那ぁ、いったいどこから攫ってきたんすか、その子」
ぞろぞろと集まってきた人ならざるモノたち──あやかしたちに囲まれて、思わず卒倒しそうになる。そんな私を片腕で受け止めて、素早く懐に引き込んだ翡翠は鬱陶しそうに「散れ、離れろ」と眉を寄せた。
「そんなに迫ったら真澄が驚くだろう。少しは遠慮しないか。まったくおまえたちは……」
ああ頭が痛い、と額に手を当ててため息をつく翡翠。
しかしそんなことはお構い無しに、どうやら彼らは私に興味津々なようで。あまりにも不躾に私を凝視しながら「真澄?」「ってまさか」「そうなのか?」と揃って顔を見合わせた。
やたらと優しく良い香りがする翡翠の着物にぴたりと張り付いて、私はおろおろと身体を縮こませる。なにがまさかなのかは分からないが、注目されるのは苦手な性分なのだ。
「──とにかくだな……」
その時だった。不意に「翡翠?」と藤が揺れるような柔らかな声が響く。
皆が一斉にそちらを振り向き、私もつられるように顔を上げた。
集まっていたあやかしの先に立っていたのは、和装姿をしたひとりの男の人。腰まで伸びた長い黒髪を首の後ろでひとつに結び、深青の着物に身を包んだ彼は、翡翠を視界にいれるとホッとしたように微笑を浮かべた。
「やっぱり。騒がしいのでまさかと思いましたが無事に帰ったんですね。おかえりなさい」
少し垂れ気味の優しそうな目が、私を捉えて何かを予感したように細められる。心の中までのぞき込まれているような気がして、ドキッと心臓が音を立てた。
「あなたは真澄さん、ですね?」
「え……は、はい」
この人は誰なのか。その答えを求めて戸惑いながら翡翠を見上げれば、翡翠は珍しく居心地悪そうな顔をして頭をかいていた。
「時雨──悪かったな、突然店をあけて。何事も無かったか」
「心配しなくても、とくに変わったことはありませんよ。翡翠こそ色々あったようだけど……まあ、彼女を見る限りは上手くいったと見て良いでしょうかね」
「そういう紛らわしい言い方はよせ。別に攫ってきたわけじゃない。あくまで合意のもとだ。真澄は自分の意思でかくりよへ来たんだよ」
ため息を逃がすように「どいつもこいつも……」と首を横に振りながら、翡翠はそっと私の背中を押し出した。えっ、と声を上げながら、私は皆の前に進みでる。