「……まったく、素直なら素直らしく怖いと言えばいいのに。それは出来ないのか?」
「えっ?」
いつの間にか胸の前で握りしめていたらしい手を攫うように掬い取られる。
「慣れないところで不安な気持ちもわかるが、心配しなくても俺がいる限り怖い思いはさせないと約束する。なにがあっても守ってやるから大船に乗ったつもりでいればいい」
「っ……」
まるで子供を相手にするようにぽんと頭を撫でられて、思わず体が硬直した。
しかし一方で、鼓膜を揺らす低い翡翠の声がガチゴチになっていた私の心をやんわりと優しく包み込んで解していく。戸惑ってしまうのは、きっと慣れていないからだろう。
ただ、そう、昨日も思ったのだ。
どうして翡翠の声は、こんなにも心がほっとするんだろう、と。
「さて、そろそろか」
カランと石段を叩く下駄の子気味良い音と共に立ち止まり、翡翠が準備は良いかと尋ねるようにこちらへ視線を落としてきた。
気づけば辺りに鬱蒼と濃い霧がたちこめ、すぐ隣にいる翡翠の顔さえもはっきり見えなくなっている。不安に駆られる私を見越したように、翡翠は「大丈夫だ」と囁くと、そっと手をひいて先へ促した。
──かくりよ。
思わず足が止まりそうになる。けれど、私の背中を押すように肩の上でじっとしていた白ヤモリちゃんが口先で耳をつついてきてハッとした。
私ってそんなにわかりやすいだろうか。翡翠だけでなく、白ヤモリちゃんにまで心の中を見透かされているような気がする。
白ヤモリちゃんを手のひらに乗せて、思わず私は苦笑した。
「いつもありがとう。大丈夫、ちゃんと進むよ」
喋れなくても、ちゃんと伝わる。これまで何度もこの子には救われてきた。