「かくりよは日が落ちると共に陽より陰の気が濃くなっていく特徴がある。陰の気を好む妖怪に対し、神々や人は陽の気に属する生き物だからな。正直、俺もあまり肌に合わない」

「翡翠も? かくりよで暮らすの辛くないの?」


 少しだけ驚いて訊ねると、翡翠はひょいっと肩をすくめて見せた。


「なに、人の子と同じで夜は寝るだけさ。──ま、そうはいっても普通に昼間でも活動している妖怪はいるし、夜な夜な酒を飲み歩いている神もいる。結局は好みの問題なんだろう」

「そうなんだ。なんか、人とあんまり変わんないんだね。ちょっと不思議」

「……とはいえ、真澄は慣れていないからな。その霊力の強さなら大丈夫だとは思うが、用心しておくに越したことはない。なにか変化があったらすぐに言えよ」


 脅されるようなことを言われると、とたんに周囲が気味の悪いものに思えてくる。

 翡翠にそんなつもりはないとわかってはいるけれど、シンと静まり返った空気に耐えきれず私は翡翠との距離を詰めた。隣に並んで、そわそわと視線だけで辺りを見回す。

 ──大丈夫、さっきと何も変わってない、よね。


「よ、よろず屋の仕事って、どんな内容なの?」


 気を紛らわせるべく尋ねてみると、翡翠は「そうだな」と少し考えるように腕を組んだ。


「まあ、その名の通り、何でも。こちらの手に及ぶものなら基本的にはどんな依頼でも受け付ける。それこそうつしよでの買い物や壊れた扉の修理を始めとして、探偵と同じような調査系の依頼もあれば、時に護衛などの体を張った仕事もするな」

「へえ、ほんとにいろいろ……」


 思った以上の答えが返ってきて、何だか薄い反応を示してしまった。

 いや、確かにすごいけど、どうして──。


「今、なんで神さまがそんなことを、とか思っただろう?」


 考えていたことをずばり指摘されて、私はギクッと肩を跳ねさせる。なぜわかったのかと戸惑いながら翡翠を見上げれば、おかしそうな笑みが返ってきた。


「なぜもなにも顔に書いてある。しかしわかりやすいな。素直なのは良い事だが」

「……それ、翡翠に言われたくない……」


 私よりもよっぽどわかりやすい反応をするくせに、自分のことは気づいていないのだろうか。現に今も「なんのことだ?」ときょとんと目を瞬かせて首を捻っている翡翠に、ついため息をつきたくなってしまう。


 ──ほんと、変な神さま……。

 立場上、空気を読んだり相手に合わせたりするのは得意なはずだった。なのに、翡翠といるとどうも調子が狂う。わずかながら胸の奥に灯る熱いものを抑えるように息を吐いて、私は首を横に振った。振り回されるな、と自分に言い聞かせる。

 惑わされちゃいけない。いくら神さまでも人ならざるモノたちと変わりないのだから。