「いや、なにも取って喰おうとかじゃないぞ」


 誰もそんなことは言っていないのに、翡翠は何を勘違いしたのか慌てて弁解する。


「先も言ったように、俺の本業はよろず屋だ。家も同じ場所にある。俺だけでなく居候もいるし、そいつらはおそらく真澄と相性が良いから心配しなくていい」

「は、はあ……」


 いや、たしかにそういう心配もあったけれど、そういうことではなく。

 私が心配になったのは、あやかしたちの世界で突然どこの馬の骨ともわからない人の子が現れたら驚くのではないかとか、そもそも単純に迷惑なのではないかと思ったからだ。


「今回は予定外の渡界だったから、ろくに説明もせず放り出して来てしまってな。真澄には悪いが、なるべく寄り道せずに帰りたい。案内はまた後日……」

「……え? ちょっと待って。じゃあもしかして昨日、帰ってない、の?」


 思わず遮ると、翡翠はぱちくりと数回瞬きをした後、とたんにバツの悪そうな顔になる。
どうやら墓穴を掘ったらしい。渋柿を食べたような表情で頬を掻きながら苦笑を零す。


「──元よりうつしよでの仕事は数件ほどたまっていた。遠出だし、受注時期はもう少し先だったのだが……どうせならと予定を変更して先に済ませてきただけの話さ」


 つまり私がうんうんと悩んでいた間、翡翠はずっとよろず屋の仕事に勤しんでいたということだろうか。仕事熱心というか、なんというか──。


「まあ気にするな。どちらかと言えば、空が耽ける前にここを出たいという方が強い。真澄も霊力が強いから感じるだろう、ここの濃い気を」

「あ……やっぱり気のせいじゃなかったんだ。どんどん息がしづらくなってるような」


 安房響神社とはまた違った、どこかねっとりと絡みついてくるような重苦しい気だ。