「真澄は連れていきたいのか?」
「え、大丈夫なの?」
「ああ。たしかに異例ではあるが、その白ヤモリなら恐らく問題はない」
人ではない白ヤモリちゃんまでかくりよへ……?
まさか許可が降りるなんて思わず、私はしどろもどろに手の上に乗る白ヤモリちゃんを見下ろした。やけに力の籠った琥珀色の瞳が、こちらを一心に見つめてくる。
「だって。……どうする? ついてくる?」
恐る恐る尋ねてみると、白ヤモリは私の袖を伝って肩までのぼり始めた。
てっぺんに辿りついてからも少しの間もぞもぞと動いていたが、安定する位置を見つけたのか、今度はピタリと動かなくなる。どうやら肯定を示しているらしい。
「えっと、じゃあ一緒に行きます」
耳の下あたりでぺたんと私の肩に張り付いている白ヤモリちゃんに翡翠は同情するような目を向けた。まるで気の毒だな、とでも言いたげに。
「そんな不遇にも関わらず、これほど律儀に……。やはり意思持ちか。となると、なるべく早めに処理した方が良いな。ふむ、どうするべきか」
「不遇? …………イシモチ?」
「いや、なんでもない。今はまだな。改めて考えるさ」
どうやら翡翠にはなにかしら引っかかることがあるらしい。
そんな微妙な形で隠されているのも気になるけれど、神さまの考えなんて私にわかるはずもないので、はなから追及はやめておく。こういう引き際は大事だ。
「まあ無駄話もここまでにして……今度こそ行くぞ、真澄」
──かくりよへ。
私と手を繋ぎ直した翡翠が、御霊石に向かって小声でなにか呟いた。
その刹那、周囲の木々がザワッと騒がしくなる。けれどそれはすぐにぴたりと静まり、気づけば昨日と同じように時間が止まっていた。ひゅっと息を呑んで硬直した私を安心させるように、翡翠がよりしっかりと手を繋ぎなおしてくれる。
「──隠り世への門よ、今こそ開き給へ。
我、縁を司る神「翡翠」の名において、ここに開門を願い奉る──」
次の瞬間、まるで翡翠の声が空中を泳ぐかのように一筋の黄金の光が私たちを大きく包み込んだ。直後、瞬きほどの一瞬の間に突如神々しい光をまといながら目の前に黄金の大門が現れる。
思わず地面にひれ伏してしまいそうになるほどの圧。そのあまりの迫力に気圧されて、私は口をあんぐり開けたまま呆然と扉を見上げるしかない。
そんな私の手を、先へ促すように翡翠が優しく引いた。
「行くぞ、真澄」
「う、うん……」
〝人ならざるモノ〟が見えるという特殊な体質。
いや、先祖から伝わる『賀茂家』の特殊な力を持って生まれてから、かれこれ二十数年。
そんな私にとっても『かくりよ』という世界は未知に溢れた世界だ。
この先どうなるかわからない。
このまま進んで、本当に戻ってくることが出来るのかもわからない。
けれど、不思議とひとつだけ確信があった。
──この先には、きっと私の探していたものがある。
予感ともまた違う……そう、これはあの夢の続きだ。長いこと抜け落ちていた、ずっと探し続けていたパズルのピースが埋まるとき。それがきっと今なのだ。
全身の気がめまぐるしく廻る。激しく訴えかけてくる。
『──抗え』
私は竦みそうになる自分を鼓舞して、ようやく小さな一歩を踏み出した。