「おい、なぜ笑う」
「う、ううん、だってなんか可愛くて」
「かわっ……おい真澄、俺は神だが、その前に『男』だ。可愛いという言葉は適切じゃない」
「うん、ごめん──翡翠」
一瞬硬直した翡翠は、その直後、大げさなほど嬉しそうに微笑んだ。しかしすぐに恥ずかしくなったのか、わざとらしく咳払いすると気を取り直すように御霊石へ向き直る。
「さて、と、そうと決まればさっそく渡界だ。日が暮れる前に渡りたいからな」
安房響神社の御霊石は盗難防止のために囲い柵がしてあるが、翡翠は気にもしていない。どのようにかくりよへ行くのかはわからないが、きっと柵の有無は関係ないんだろう。
いよいよ高鳴る鼓動を抑えきれずにいると、淡く輝き出した翡翠がこちらを振り返った。
「準備は良いか。真澄」
「だ、大丈夫」
「よし。だがその前に……万が一、離れるとまずいからな」
そう言いつつ、どこか気恥ずかしげに差し出された手。
繋げという意味だと捉えるのに数秒かかる。
「あ、えっと、はい」
普通に繋いだ方が良いと言ってくれれば良いのに、なんなのだろう。そのウブな男子高生のような照れ隠しは。なんだかこっちまで気恥ずかしさが移ってしまいながら、私は火照る顔をうつむけておずおずと手を重ねた。ひんやりと冷たい手。とても綺麗な指だ。
その時、不意に靴に白いものがペタッとくっついているのが目に入った。思わず小さく悲鳴をあげたが、すぐにその正体に気づく。
「ってなんだ、白ヤモリちゃんか」
「ヤモリ?」
「どうしてこんなところに……」
また私に付いてきてしまったのだろうか。
仕方なく少し屈んで白ヤモリちゃんを手のひらに乗せると、翡翠が怪訝そうにこちらを見下ろした。白ヤモリちゃんを捉えると、翡翠は違和感に気づいたようにすっと目を細め、それから興味深そうに「ほう」と小さな声を落とす。
「……そいつは……」
「この子、昔から私についてまわってて。あ、特に危害はないんだけど……でも、かくりよにはさすがに連れて行けないよね」
ただの旅行ではない。行き先はこの世界の裏側にある異界だ。それも人ならざるモノたちの住む場所。私はともかく、白ヤモリちゃんまで連れていくのはきっと難しいだろう。