「……我らから見た人の世というのはそのぶん危なっかしい。常に。何千年も前から、それだけは変わらん。人は簡単にその尊い命を奪おうとする。はみだし者は嫌われ、時に生贄にされ、無慈悲に殺され──。救っても救っても救いきれない命ばかりだ」
怒っているのか、と思ったけれど、すぐに違うと気づいた。
ただ、悲しんでいるのだ。そんな世の中を〝永遠にも近い時間〟の中で長い間見続けて、長く憐れみながらひどく傷ついている。彼の目に映る世界を追うように視線を動かすけれど、同じ世界なんて見れるはずもなく、私はそのまま顔を俯けた。
「……ああ、すまないな。つい感傷に浸ってしまった。顔をあげてくれ、真澄」
彼は、一言一言大切なものを扱うかのように言葉をつむぎ、一拍置いてから形の良い唇に優しい弧を描いた。
「だからこそ、選択肢というのは、いつどこから出てくるかわからない。果てのない迷い道ではとくに、思いもよらない場所に出口があったりもする。そして時にそれは、命を持ったモノ達が縁を結び、複雑に交錯することで生まれるんだ」
「縁を、結ぶ──?」
ようやく顔をあげると、その滲むように妖しい光を含んだ瞳につかまった。
「どうだ、真澄。生きづらいなら、かくりよへ来る気はないか?」
「……へ?」
馴染みのない言葉が耳をついて、私は場にそぐわない素っ頓狂な声を出しながら目を瞬かせる。
「かくりよ。この世界と表裏一体の場所にある世界だ。住んでいるのは、妖怪や神々をはじめとした人ならざるモノたち。似ているようで異なるあやかしたちの理想郷。──ちなみに俺はそのかくりよで〝よろず屋〟をやっている」
「よろず屋……?」
さすがに動揺せずにはいられない。思わず、というか、なかば本能的に神さまの手を振り払い、私は自分の身を守るように両腕を抱きしめながら数歩後ずさる。
「……そんなに身構えないでくれ。悲しくなるから」
「無理です」
しょぼんと本当に切なそうな顔をされて一瞬戸惑うけれど、この状況で警戒するなと言われても受け入れられるわけがない。そもそもまだストーカー容疑は晴れていないのだ。
「心配しなくても無理に連れていくつもりはない。ただ、考えてみてはくれないか。かくりよは、きっと真澄にとって心地の良い場所になるはずだから」
人ならざるモノたちしかいない場所なのに?という私の疑心が伝わったのだろう。神さまはゆっくり顎を引くと安心させるようにその表情をゆるめた。
「お試しでもいい。遊びに来るだけでも構わない。俺が信用ならないのなら契約を結ぼう。だから、一度だけおまえのその目で『かくりよ』という世界を見てほしい。おまえが思っているよりもずっと、世界は広いということを知って欲しいんだ」
「…………」
「明日の夕刻、ここで待つ。一晩じっくり考えて、もし少しでもその気があるのなら明日またここへ来てくれ、真澄。──おまえのまだ知らない新しい世界へ、俺が導いてやる」